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 それから数度、シューニャの隠れ家を訪れたが、鈴はいずれも歓待してくれた。
 ――表面的には。
 俺は次第に、鈴の態度がどこかよそよそしくなっていっているのに気づいた。向い合わせで話をしていても、目線が合わない。視線を感じて振り向くと、そこにいた鈴がふいっと顔を逸らす。そんな場面がたびたびあって、俺は人知れず思い悩んだ。心当たりがないが、何かまずい行為をしでかして、嫌われたのかもしれない。
 シューニャとの約束を忘れたことはなかった。鈴を悲しませない。そのためにはどうすればいい、と自問して、喜ばせばいいのではないか、と自答を返した。
 そういうわけで、安直だが何か贈り物を探すことに決めた。よくよく思えば、いつもシューニャのために菓子を用意していっているのに、鈴には何もないでは不公平であった。もしかしたら、そのせいで気分を害したのかもしれない。ばつの悪い思いを抱えながら、執務のあいだを縫ってプレゼントを見繕うことにした。
 贈り物選びは難航した。そもそも、鈴が何を貰えば喜ぶのかとんと見当がつかなかった。食べ物であれば外れはないかもしれないが、それではシューニャと同じで芸がない。
 今まで交際した女性は四人ほどいたものの、皆上昇思考の強い人ばかりで、彼女らの好みは指標になりそうもなかった。影のエージェントもそうでない人も、ことごとく俺の仕事ができそうなところを好きだと言い、関係が冷えてくると仕事ばかりでもう付き合いきれないと言い放った。180度変わる彼女たちの態度に途方に暮れるしかなく、俺はいつだって袖に振られる側だった。鈴がそのような女性でないのは明らかだ。ブランドものの装飾品や、高価なフルコースや、希少なワインを好む人であるはずがなかった。
 そんな折、部下のヴェルナーに久々に会う機会があった。この赤目赤髪の軽薄な男は、度を越した女好きで勇名を馳せていた。女性に贈る物の目利きは頼れるかもしれない。男と二人なんて嫌だと渋るヴェルナーを、俺は奢るからと食い下がってバーに誘い込んだ。

「お前、前より目付きが悪くなったと思ったらそんなことで悩んでたのかよ」

 上司を上司とも思わぬ男は、事情を説明すると開口一番そんな失礼な台詞を吐いた。目付きが徐々にきつくなっているのは自覚していたことだが。

「お前にとってはそんなことかもしれんが、俺にとっては大問題なんだ」
「つうか、アドバイスするのは簡単だけどさァ、それで仲直りできたら俺のおかげってことになるじゃん? お前はそれでいいの?」

 無闇に強い酒を舐めながら、ヴェルナーが探りを入れてくる。確かに、その通りだ。助言を受け入れて関係が修復されれば、間接的にこの男が仲を取り持ったことになってしまう。

「それは確かに、御免被りたいな」
「けっ、正直な奴だな。……指定しない程度に言うけどよォ、実際何でもいいと思うぜ。お前がどんだけその子のことを考えて選んだかって方が大事なんだよ。要は気持ちよ、気持ち」
「……俺の気持ちか。なるほどな」
「ま、上手くいったら事の顛末を聞かせろよ。お前から好きになるなんてケース、そうそうないからな」
「――彼女はそういう相手じゃない」
「へええ、そう?」

 ヴェルナーは小馬鹿にするようににやにや笑いを浮かべていたが、唐突に顔を青ざめさせると、口を手で覆いながらトイレへ駆け込んでいった。アルコールに強くもないのに、見栄を張って度数の高い酒ばかり注文する悪癖は治っていないらしい。
 俺は琥珀色の液体が入った自分のグラスを傾けた。氷が位置を入れ換えて、からん、と軽やかな音を奏でる。影の組織内で、自分と同じくらい強い酒好きはいなくなってしまった。もはや帰幽の人となったルネのことを考える。あいつと飲む酒ほど美味い酒はなかった。
 グラスの残りを一気に煽ると、胃の腑が一瞬熱くなったけれど、すぐにやるせなさだけが腹に残った。

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