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 夜も更け、辺りに喧騒が満ちている。火が広場の中央に焚かれ、そのぐるりを取り囲んで、隊員たちが飲めや歌えの宴を繰り広げていた。
 戦場のただ中で酒宴が行われている。信じがたいことに。しかも、その名目は私の入隊祝いだ。
 嘆息を漏らす。私は、楽しげなかしましさから逃れるように、一人で広場の外れにあった倒木の上に腰かけている。手には酒の入った木のグラスがあるが、中身は宴の始まりからほとんど減っていない。
 ぱちぱちと音をたてて、茜色の炎が揺らめく。その中で配給品の肉や、誰かが釣ってきた魚が炙られていて、香ばしい匂いをここまで漂わせている。私以外の隊員たちは、時おり笑い声を上げてやんややんやとはしゃぎ回っていた。こんなところで飲酒できるなんて、その能天気さに呆れを通り越して、羨ましささえ覚える。

 私がルネの自己紹介を聞いたあと、彼――もとい彼女に、隊長室へ来るよう指示された。なんだか面白そうだからという理由でなぜか赤毛の男もついてきて、ルネはそれを止めなかった。

「俺はヴェルナー・シェーンヴォルフ。ヴェルでいいぜ」

 歩きしな、男はそう自己紹介する。よく見るとその若者の虹彩は、血の色が透けているような赤色で、じっと見ていると吸い込まれそうな妙な迫力があった。左肩には黒赤金のドイツの国旗が縫い留められていたが、それが本物なのか私は訝った。こんなに軽薄そうなドイツ人がいるだろうか。
 ルネの先導で一際大きいテントの入り口をくぐると、大型の机と椅子が整然と並んでいた。ここが食堂のようだ。机と机のあいだを抜けていくと、幕で区切られたスペースがある。この先が隊長室になっているらしい。
 隊長室は思ったよりも狭く、六畳ほどの広さで、部屋の隅に書き物机はあったが、最も多く面積を占めているのは地面に直接敷かれたマットだった。ルネは腰に差していた日本刀を刀掛けに置き、自らもマットに胡座をかいて座った。

「まあ、座れ」

 とルネが促す前にヴェルナーはちゃっかり彼女の隣に腰を下ろしている。図々しい奴だと呆れながら私もルネに倣う。

「先ほどは失礼した。隊長殿とはつゆ知らず……」

 少し頭を下げつつ、出会い頭の非礼を詫びる。ルネは口の端に、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「それよりも、先に謝るべきことがあるんじゃないか? ん?」
「いや……申し訳ない」
「まあそう恐縮するな。こういう外見だし性格だし、男に間違われるのには慣れている」
「面目ない……」

 羞恥に頬の辺りが熱くなるのを感じて、私は俯いた。
 ヴェルナーが私の心境を知ってか知らずか、気軽な調子ではっはと笑う。

「まーでも、あれは仕方ねえよ。ルネがもっとめりはりのある体してたら新入り君だって間違えな――ぐふっ!」

 ルネの拳がヴェルナーの腹に横から入り、男は丸くなって悶絶し始める。ルネはその様子を、凄味のある笑みとともに眺めている。恐ろしい。

「まったく、失敬な奴だと思わんか?」

 ルネはこちらに苦笑を向けた。確かにと頷いて、やっとのことで痛みから回復したらしい男に向き直る。

「たとえ冗談でも、あのような言葉は感心せんな」
「うっ、新入り君に説教されるなんて……」
「はは、錦は紳士だな。まあ、私も手が出てしまったからおあいこだ」
「そうそう」
「お前は少しは反省しろ」

 ルネはヴェルナーの頭を小突く。いってえ、とぼやきながらもヴェルナーの顔には笑みがある。私は二人の様子を見て、当惑せずにはいられなかった。今まで籍を置いていた部隊では部隊長の言は絶対で、そもそも軽々しく言葉を交わせるような関係ではなかった。ところがここはどうだろう。まるで、隊長と隊員が対等な間柄であるかのようだ。

「驚いたか?」

 ルネが今度はにやりと不敵に笑った。私の考えが読めたとでも言わんばかりの表情だ。

「ここに来た奴らは大体最初は驚くよ、君だけじゃない。でもこれが私のやり方なんでね。君にも慣れてもらわねばならないんだ」
「話というのは、もしや……」
「そうそう、そのことだよ。ここでは堅苦しいのは抜きだ。肩の力を抜いて、気楽に話せ」

 気楽にと言われても、戸惑わずにいられない。ここでは、自分の常識が通じないらしかった。

「しかし……」
「上官命令が聞けないか、錦?」

 ずいと顔を近づけて、ルネが低く問うた。その双眸が、ぞくりとするほど冷たい光を宿している。やられる、と本能が囁いた。この人は、紛うことのない、本物の手練れだ。
 分かった、と観念して答えると、ルネは破顔して私の肩をぽんぽんと叩いた。

「そうそう、素直が一番だよ。じゃ、次に行こう」
「次……?」

 何が何なのか分からないまま、ルネがさっさと立ち上がって隊長室を出ていく。ヴェルナーはもう後に従っている。食堂のテントから外に出たところで、ルネに追いつく。それと、彼女が隊員を呼ぶための大音声を張ったのが同時だった。

「全員集まったか? よく聞け、貴様ら!」

 わらわらと集合した男たちへ、ルネな威勢のよい声を放つ。その声はどこまでも澄んでいる。

「今宵、桐原錦くんの入隊を祝して、歓迎会を執り行う! 開始は18時、厳守だ。それでは総員、準備開始!」

 愉快げな笑いを湛えた隊員たちが、おう、と地鳴りのように応えた。

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