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 アトラクションに乗って大きな声をあげたり、園内のマスコットキャラ(の着ぐるみ)と写真を撮ってもらったりするうち、諒くんの持ち時間は過ぎてゆく。そして、はたと私は気づいた。
 ――私、けっこう楽しんじゃってない?
 いけない、いけない。押し付けられた物事を甘んじて受け入れ、あまつさえ楽しいと思ってしまうなんて、流されやすい都合のいい女だと思われても文句も言えない。よく考えたら、この勝負自体、初めから私はいいとは言っていないのだ。自分の気持ちを成就させたいがために他人を巻き込むなんて、一人の社会人としてあってはならないことなのよ、諒くん。ここは年上として、一言がつんと言っておかねば、と心に決める。
 私はむんと気合いを入れ直す。ちょっと休憩しよう、と口実をつけ、諒くんの袖を引っ張ると、いいよ、と軽い応答。おとぎ話に出てきそうな、曲線が多用されたベンチに並んで腰かけると、さっそく私は口火を切った。

「あのね、諒くん。やっぱり、こういうのよくないと思うんだ。誰かを取り合って勝負するとか……」
「何言ってんだよ、今さら」

 諒くんは形のいい眉を不愉快そうに寄せる。う、確かに。勝負も大詰めの今言うことではないだろう。それでも、言わずにはいられなかった。

「だって、私最初からいいなんて言ってないし――」
「は、言ってなかったとしても、駄目とも言ってなかったでしょ」

 正論だ。そして私、ただの言い訳になっている。
 諒くんがはああと盛大にため息を吐いた。

「麗衣は昔から優柔不断だったからな。そうやって断らないから、こんなめんどくさいことに巻き込まれるんだって」 

 巻き込んだ当の本人がそれを言う? 

「そんなこと……」
「やっぱり、麗衣の隣には俺がいなきゃ駄目だな。そうすれば、色んな面倒なことから守ってやれるし」

 諒くんは声を低くして、囁くようにその台詞を紡いだ。そして、私の肩に手を回し、余った手で私の手をそっと握る。
 あの、ここ外なんですけど。人が大勢見てるんですけど!
 顔がまた、かあっと赤くなるのが分かって、彼から顔を背ける。
 それにしても、とこんな時なのに思う。諒くんはどうして、私なんかに対してこれほど熱烈なのだろう。諒くんくらい容姿に恵まれて、ちょっと強引だけど女の子への気遣いもできるなら、いくらでも相手が見つかりそうなのに。歳だって、もっと若い子の方がいいんじゃないの?

「ねえ……なんで、私なの。諒くんにはもっと相応しい人がいるよ。私なんかより、もっと――」
「麗衣。こっち見ろ」

 強い、怒気すら含んだ声。引っ張られるように、そちらを振り向いた。
 ひた向きで真摯な眼差しが、そこにはあった。

「俺に相応しいかどうかは俺が決める。麗衣が決められることじゃない」

 抑えた声量なのに、空気がびりびりと震えるのを感じた。
 どうして、そんなにも。知らず知らずのうちに、私の胸は高鳴っていた。駄目なのに、彼の深い想いに触れて、心が震えていた。

「持ち時間もあとちょっとだな。最後に麗衣と、行きたいところがあるんだ」
「え」

 諒くんの動きは素早かった。私の背中と膝下に腕が入ったかと思うと、そのままひょいと持ち上げられていた。周りにいた人がおおーっとざわめく。
 ええっ! こんなところで、お姫さま抱っこなんて!

「ちょ、ちょっとやめて! 降ろしてよ!」
「はは、すげー軽いのな、麗衣」

 諒くんは抗議も意に介さずからからと笑う。
 じたばたと手足を動かそうとすると、落ちたら怪我するけど、と脅しめいた文言が耳に直接吹き込まれた。
 自分で歩いていないのに、景色が流れていく。仕方なく首元に回した腕から、彼の体温が伝わってくる。彼は年下のかわいい男の子などではなく、立派な男性なのだと、私はそこで初めて思い知った。
 降ろされた場所は、観覧車の搭乗口のすぐ近くだった。
 目の前にそびえ立つ、圧倒的な高さと存在感。
 私の頭の先からさーっと血の気が引いた。

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