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「えーっと……桐原先生、こちらは滝諒一くん。諒くん、こちらは同僚の桐原錦さん」

 桐原先生は私の台詞に合わせて軽く会釈する。諒くんも、わずかに頭を下げてそれに応えた。

「それじゃ、早速始めるとするか」
「滝くん。先に言っておくが、勝負の内容が乱暴事なら応じられないぞ。君に怪我をさせたくないんでな」

 勝負の幕を切って落とそうとする諒くんを制する先生。先生の言葉に、諒くんより先に私が反応する。
 え、もしかして先生、意外に腕っぷし自慢? 若い頃はやんちゃだったとか?
 そこで私の想像の羽が広がる。今より年若い先生が、累々と横たわる荒くれ者たちの中心に立っている。その拳は擦り切れて血が滲み、息が上がった彼は肩で息をしている――。
 私が知る桐原先生は穏やかなだけに、そのギャップがいっそう際立つ。ああ、ワイルドな先生も素敵。全部私の妄想だけど。
 先生の忠告を聞いた諒くんは、面白くない冗談でも聞いたかのごとき仏頂面になっていたが、気を取り直して腕を組み、勝負内容を説明しだす。

「そんなんじゃないって。勝負の中身は簡単だ。俺と桐原さんが3時間ずつの持ち時間の中で、どのくらい麗衣をどきどきさせられたかで競う。より麗衣をどきどきさせた方が勝ちだ」

 桐原先生がほう、と相槌を打つ。私は少しほっとして息をつく。それなら負けなくて済みそうな気がする。私が"桐原先生の方がどきどきした"と言えばいいだけなのだから。
 しかし、事はそう簡単には問屋が卸さなかった。  諒くんがボディバッグから、タイマーめいた小さい液晶画面がついた機械を取り出す。それを、私たちによく見えるよう、ずいと突き付ける。

「勝敗はこの脈拍計で決める。これは、一定時間の中で一番速かった脈拍数を記録できるんだ。数値が大きい方が勝ち。分かりやすいだろ」

 どうだ、とばかりに諒くんはにやっと笑う。
 私はにわかに慌てた。それではごまかしが利かない。私自身の意思は関係なくなるわけで、完全に目論見が外れた格好だ。
 冷や汗をかきそうになりながら横にいる桐原先生の様子を伺うと、彼は感心した風に何度か小さく頷いていた。

「なるほど。主観的な感覚に頼らない、実に定量的でいい手法だな」

 そう、しみじみと言う。
 いやそんな、悠長に構えてる場合じゃないんですって。
 さしもの諒くんも、なんだこいつ、ライバルの俺を褒めるようなこと言いやがって、と警戒感を露にした刺々しい顔になっている。

「……まあいい。ルールの続きを説明する。勝負は先攻と後攻に分かれる。先攻が水族館で、後攻が遊園地だ。さあ、先攻後攻決めるためのコイントスを――」
「君が決めていいぞ」
「はっ?」

 頓狂な声は、私と諒くんで見事にハモった。
 桐原先生の表情は変わらない。

「君が先に決めていいと言ったんだ」
「は……大人の余裕のつもりかよ」

 馬鹿にしてんのか、と彼の目が言っている。お願い桐原先生、あんまり彼を逆上させるようなことを言わないで……。
 諒くんは数秒間、深意を図るようにじっと桐原先生の顔を見つめていたが、急にふっと笑って、

「俺は後攻にする。あんたは水族館だ。いいな」

 と宣言した。桐原先生が従順に頷くのを確認すると、脈拍計を携えてすたすたと私の方へ歩み寄ってくる。諒くんが近くにいる、それだけで私は変に緊張した。
 その脈拍計は手首に装着し、ベルトで固定するものらしい。彼の手が伸びて、私の腕を取る。構えていたのに、びくっと反応してしまう。自分で着けられる、という私の抗議を、諒くんはしれっと黙殺した。

「じゃ、これから3時間があんたの持ち時間だ。スタートするからな」

 脈拍計側面のボタンを押す直前、彼がちらりと私に視線を寄越した。その目の熱っぽさと強さに、どきり、と図らずも心臓が跳ねた。

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