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 公園の入り口付近で桐原先生の車を待つ私は、いつになく緊張していた。要因はいくつもある。これから、諒くんと桐原先生との一騎討ちを見届けねばならないから。私服姿で桐原先生に会うのが初めてだから。彼の私服を見るのもこれが初めてだから。
 今日の服装を決めるのに、昨日は悩みに悩んだ。以前デートに来ていったことのある服を、クローゼットから取り出してみた私は絶句した。ことごとく胸元が際どいところまで開いたものばかりだったからだ。それらは元彼に言われるまま選んだ服で、そうか……私はこんな趣味の人と付き合っていたのか……と改めて思い知った。
 桐原先生に軽い女だとは思われたくない。脳から汁が滴るほど頭を搾り、結局私は黄系の花柄が配われた膝丈のノースリーブワンピースに、薄手のカーディガンを合わせることにした。姿見に全身を映し、うん、清楚っぽく見える、と確認してから家を出る。
 桐原先生を待つあいだに、足の先からそろそろと緊張が這い上ってきた。異性の車を待つなんて、まるでデートではないか。先生の方は、自分が他の男の代わりだと、信じて疑っていないところが悲しいが。
 車はなかなかやってこない。先生を待つあいだ、不意にある漫画のシーンを思い出す。それはちょっと前に友達に勧められて読んだものなのだが、その漫画には、仕事ではぱりっとスーツを着こなしている男性が、休日は得体の知れない突飛な服を着ている、という場面があった。いや、桐原先生に限ってそんなことは。でももしや、と悪い想像が膨らんでくる。
 ――いい? 麗衣……桐原先生がどんな格好でも、倒れたりしちゃ駄目よ。人の価値なんて服装じゃ決まらないんだから……!
 そう自分に言い聞かせていると、やがてぴかぴかの黒いセダンがすうっと近づいてきた。桐原先生の車だ。
 セダンが私の目の前に停車すると、一息置いて運転席のドアがぱっと開いた。

「遅くなってすみません、道が混んでいて……」

 現れた桐原先生は、黒シャツにカジュアルめなグレーのジャケットを羽織り、それにネイビーのチノパンを合わせていた。シンプルだけど、それゆえに彼の引き締まった体が引き立っている。
 ――うわ、どうしよ。めっちゃ好みだ。黒シャツはやばい。
 頬が火照る。私は別の意味で卒倒しそうになった。

「どうかしましたか?」
「あ、いえ、何でも……今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。じゃあ乗ってください」

 そう言うが早いか、桐原先生は助手席側のドアをさっと開けてくれた。車内からいい匂いがふわっと立ち上る。お姫さまにでもなった気分だ、といい歳して思ってしまう自分が寒い。


 目的地に着くと、諒くんは既に待ち構えていた。
 決戦の舞台となるそこは、遍市の中心部からは外れたところにあり、広大な敷地に、水族館と、アウトレットモールと、巨大な観覧車を備えた遊園地とが一体になっている。商業施設がひとところに集まっているため、車を持っているカップルや夫婦、子供連れなどに人気がある。
 諒くんに連絡を入れるまでもなく、彼は敷地の入り口付近にある、花壇の一角に腰かけていた。格好は光沢のある赤系のシャツに、チェック柄の濃い色のパンツ。裾はロールアップしている。ただそこに腰を下ろしているだけだというのに、絵のように様(さま)になっていた。モデルのようだ。
 駐車場からそちらへ近寄っていくと、私たちに気づいた諒くんが、微笑を浮かべて手を振ってきた。
 人が大勢行き交う中で、彼と対峙する。

「おはよ、麗衣。ちゃんと逃げずに来たんだな」
「あ、当たり前でしょ。あなたに諦めてもらわなきゃいけないんだから」

 警戒心を露にしても、彼の不敵な微笑みは消えなかった。彼の瞳の奥では、めらめらと熱い炎が燃え盛っているようだった。その眼で、桐原先生を上から下まで値踏みするように眺め回す。敵にとって不足はないぜ、と言わんばかりの表情だった。闘争心剥き出しだ。隠すつもりもないらしい。
 桐原先生はそれに感づいているのかいないのか、諒くんに対してこんにちは、とのんびりした感じの挨拶をする。
 私は二人のあいだに立ち、一応互いを紹介しておくことにする。

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