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 店の外では夜風が冷たい。薄着のシャーロットに、スーツの上着を羽織ってもらう。その上で、つい無意識にシャーロットの細い腰に手を回していた。女性と歩くときの癖だ。振り払われるかと思ったが、意外にもすんなり受け入れられる。

「嫌がらないのかい」
「話を聞かせてもらったから」

 等価交換というわけだ。
 シャーロットの瞳の奥では、何か強い決意が揺らめいている。

「今日は泊まるんだろ。同じホテルだし、部屋まで送っていくよ」
「ありがとう」

 本当はずっと、一晩中でも寄り添っていたかったが、この心境と雰囲気ではできそうもない。あっという間にホテルに着いてしまい、名残惜しいながらお別れのハグをする。食事前の彼女と別人みたいに、シャーロットは妙に従順だった。

「じゃあ、おやすみ」
「ヴェルナー、ちょっと待って」

 袖を強く引かれる。体の向きを変えようとしていた俺は、簡単に体勢を崩す。強引に部屋に引き入れられた。
 背後で重い金属の音がする。ドアの鍵が自動的にかかったのだ、と思ったか思わないかのうちに、シャーロットにキスされていた。
 やわらかい唇。あまやかな、花にも似た肌の匂い。幸せを具象化した香りが、鼻腔をいっぱいに埋める。条件反射で腰に腕を回し抱き寄せると、シャーロットが首に手を絡め、いっそう深く口づけてくる。彼女の意図がわからないながら、体の内側が熱を帯びてくるのを感じた。
 さらに腰を引き寄せ、体を密着させる。舌を入れようとしたら、存外強い力で突き放された。
 俺を見上げるシャーロットの双眸には、何の情感もこもっていなかった。
 仕事を前にした業務遂行者の目。取引の勘定をしている計算者の目。
 シャーロットは俺ではなく、俺のもっと向こうにいる、誰でもない誰かを見ている。

「どうしたの」
「お願いがあるの」

 俺の懐にとす、と体を預けたシャーロットは、抱いてほしいの、と囁いた。
 俺は彼女を抱擁したままで、数秒押し黙った。これが他の女性なら二つ返事で誘いに乗るところだが、思慮深いシャーロットのことだ。何かしら事情があるに違いない。

「理由を聞いても?」
「……この前、話をされたの。影の任務で、色仕掛けを使って情報を集める必要が出てくるかもしれないって」
「ハニートラップってやつか」
「ええ。でも私まだ――経験がなくて。きっと練習なしじゃうまくできない。あなた、そういうことは詳しいでしょう。だから、色々教えてほしいの」
「……初めての相手が俺でいいのかい」
「こんなこと、他の誰かに頼めると思うの?」

 至近距離から、青い目に宿った強い光に射抜かれる。美しい瞳だ。雪を頂く険しい独立峰のように、気高く、孤独で、他人を寄せつけない瞳だ。その瞳の中に凍りつく雪を、融かすことができたらいいのに。
 それだけの情熱が、俺のなかにあるだろうか。

「分かった。俺を練習台にしていいよ。何でも言って」
 
 シャーロットがほっとした表情をする。俺たちはドアの前で、もう一度唇を重ねあった。


 シャワーを浴びながら、どうしてこんなことになったのだろうとぼんやり考える。
 そりゃ、シャーロットと合意の上で一夜を共にできるなんて、俺には願ってもないシチュエーションだ。夢みたいだ。けれど、俺は他の男に抱かせるために、今夜彼女を抱くのだ。本当はそんなの想像したくもない。しかしそれをシャーロットが望むなら、俺には止める権利がない。
 シャーロットは先にシャワーを浴び終えている。湯上がりにバスローブを纏った姿は、とてもあでやかだった。胸元の服の合わせから、深い胸の谷間が覗いていた。以前は彼女のスタイルをあまり意識したことがなかったなと思う。シャーロットは可愛い女の子から、美しい女性になっていた。たった2年で。
 緊張がそろりそろりと足先から這い登ってくる。初めてのときですら、こんなに生唾は出てこなかっただろう。
 お湯の栓をひねり、タオルで体を拭き、下着を穿く。そこでいきなり、浴室の扉が開かれた。反射的に武器を探してしまうのは職業病だ。上下の下着しか身に着けていないシャーロットが、そこに立っている。

「鍵をかけないなんて不用心ね。もう終わったかしら?」
「えっ待って、まだパンツしか穿いてな――」
「要らないでしょう、どうせ脱ぐんだもの。早く来て」

 にべもなく言う。体の線を隠そうとすらせず。
 ロイヤルブルーの下着に彩られた、白く透明感のある、なめらかでつややかな肌。下着のレースに飾られて、一種の芸術品とさえ見える、たわわでやわらかそうな胸。見事なくびれと、引き締まったおなか。魅惑的な腰つき。夢にまで見た肢体だ。この世界中でシャーロットが一番綺麗だ。疑いもなく、ためらいもなく、俺はそう確信した。
 シャーロットに手を引かれるまま、隣りあってベッドに腰かける。苦笑いがこみあげてくる。

「ああ、やばいな。すげえ緊張する」
「あなたが緊張してどうするの。……始めましょう」


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