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 わたしから見る限り、茅ヶ崎龍介はクラスから少し浮いている。
 訂正。少しじゃない。かなり、浮いている。

「ねえあんたクラスに馴染んでないわよ」

 2限目の休み時間、生徒たちはいくつかのグループを作って談笑していた。授業中の静けさとはうって変わって、教室じゅうがとても賑やかだ。ある男子の一群から紙飛行機がすうっと飛んで、それを見た周りがげらげら笑う。たぶんあれ、さっき受けた小テストだと思う。
 龍介はそんな喧騒を避けるように、一人ぽつんと机に向かっている。

「だから?」
「浮いてるよって話」
「知ってるけど」
「いいの?」
「別にいいんじゃね」

 にべも無い。人を突き放す話し方は昔から変わってないけど、最近になって刺々しさが一段と増した気がする。
 龍介は猫によく似ている。授業中はたいてい寝ているし、かと思えばふらっと教室を抜け出す。気まぐれに授業を受けてみたりサボってみたり。昼休みに誰かとご飯を食べているところなんか見たことがない。龍介は群れない。
 今は何をしているかと手元を覗き込むと、縦長の用紙が机に置かれている。紙には意味のとれない記号がずらずらと並んでいた。なんだろう。外国語?

「それ何」
「数学の証明問題」
「え! そんなの習ったっけ」
「習ってねーよ。つうかこの先も習わねーよ。高校の範囲じゃねぇからな」
「あんたそんなの解けるわけ」
「だから今その解き方を考えてんだろ。気が散るから話しかけんな」
「なにその言い方! せっかくわたしが親切にも心配してあげてるのに」

 龍介が今日初めてわたしのほうを見た。じろりと音が聞こえそうなジト目だ。

「お前のは親切って言わねーんだよ。ただのお節介。邪魔」
「何をぅ!」

 相当頭にきたので龍介の脳天へチョップを食らわせた。もう愛想が尽きたので自分の席に戻る。いってーな暴力女と悪態をつく声が後ろから聞こえるけど無視。ガン無視。
 わたしの机はいつも話す女の子三人に取り囲まれていた。まるでわたしを待ち受けていたみたいだ。

「しのむーのお帰りだぁ」
「ねえねえさっきー今、茅ヶ崎くんと喋ってたよね」
「しののん何話してたの?」
「大したことじゃないって」

 溜め息混じりに答える。質問も質問だけど、あだ名をどれかに統一してほしい。わたしのあだ名は妙にたくさんある。名字の篠村からしののん、しのむー、名前の未咲からさっきー、みさっちゃんとか。
 しののんって言いづらくないのかな。そういえば龍介にあだ名って無いや。

「しののんは良いよねぇ。茅ヶ崎くんと普通に喋れて」
「え? 別にみんな喋れるでしょ」
「えーっ、喋れないよ。格好よくて頭いい男子と話すのって緊張しない?」
「しかも茅ヶ崎くん、硬派! って感じだし」
「そうそう。チャラい女はお断りみたいな」
「いやいやあいつ全然格好いいとかじゃないじゃん」

 みんなの言葉があまりに本人とかけ離れていて思わず笑ってしまう。格好いいなんて一番龍介に相応しくない。大体硬派だったら授業を抜け出したりしないだろう。まあそれは偏見かもしれないが。
 もしかして龍介は浮いてるんじゃなく、高嶺の花だと見なされてるのだろうか。まさかね。

「さっきーって茅ヶ崎くんと付き合ってるんだっけ」

 唐突な質問に反応が遅れた。

「……は? 無い無い。誰があんな無愛想なやつと」
「えー無愛想じゃなくない? この前おばあちゃんの荷物持ってあげてるの見たよ」
「それ人違いじゃないの」
「あたしも見た! 格好よくて優しいのに対象外とは、未咲さんの目は厳しいですな〜」

 三人が好奇の目で見てくる。
 あいつ、見知らぬおばあちゃんには優しくできるのに、幼なじみのわたしにはできないってか。後でしばいたろか。
 さっきのわたしと龍介の会話を聞かせてあげたい。そしたら幻滅して納得してくれるだろうに。できないのがもどかしい。

「とにかく」

 3限の始まりを告げるチャイムが鳴った。

「龍介はみんなが思ってるようなやつじゃないからね」

 教室がばたばたと忙しなくなる。わたしの机を囲んでいた輪もにわかに弛まって、散り際、一人がわたしに耳打ちして囁いた。

「でも、茅ヶ崎くんはさ、しのむーが思ってるような人でもないかもよ」

 心の中でむううと唸る。みんな何故そんなに龍介を買い被っているのか。思い違いだって。
 3列窓側の席を見やると、相変わらず龍介は数学の問題に向き合っていた。ものすごく真剣な表情だ。わたしでも見たことがないくらいの。窓から差し込む陽の光が龍介を照らしている。
 先生が来ないうちに龍介を観察してみる。言われてみれば外見はそんなに悪くないかもしれない。むしろ、なかなかかもしれない。あくまで、かもしれない、に留めておくけど。
 見つめていると、龍介がふいと顔を上げそうになって、慌てて頭ごと視線を逸らした。危ない危ない。見ていることがバレてまた小言を言われたらたまらない。

 いや別に、どきどきなんて、してないし。

――アンノウン

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