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 外は何かを暗示しているような悪天候だった。
 悪魔の唸り声を想起させる風のうねり。それを、地下にある行きつけのバーカウンターで聞いている。入り口の扉に雨粒が激しく叩きつけられていた。重たく、黒々とした雲が渦巻く様子を、見なくても目に浮かべることができる。ひゅうひゅうと隙間風が口笛を吹き、落ち着きと軽やかさを併せ持ったジャズのメロディーも、嵐の前では形無しだった。それよりも、禿げ山の一夜などのおどろおどろしい曲の方が、こんな夜には断然お似合いだろう。
 店内にもどこか陰鬱な空気が漂っていた。曇天の暗さが、屋内にも滲み出してきているように。
 客は俺一人きりで、マスターはしずしずとグラスを拭くのに余念がない。軍の基地に程近い立地ゆえ、普段なら何人もの屈強な男たちが集うこの店も、今は寂しいほどがらんとしていてる。無理もない。こんな暴風雨の中、よっぽどの事由もなく出歩く人間など、底抜けの能天気くらいのものだ。見慣れた室内がいやに広く見えた。
 照明を受けて鈍く輝くグラスを傾ける。俺は人を待っていた。自分の親友を。
 不意に、風の唸りがドアから吹き込んできて、添え物のようなベルの音がからんころん、と続く。いらっしゃいませ、というマスターの声とともにそちらを見やると、スマートな体型に長い銀髪の、中性的な容貌の青年が入ってきた。髪はしとどに濡れそぼり、羽織ったカーディガンの両肩が黒っぽく変色している。俺と目が合うと、にこりと目元を緩ませた。
 待ちかねていた人物、ルネ・ダランベールだ。

「なんだセルジュ、来てたのか。こんな天気の中来るなんて物好きだな、お前は」
「なに、俺だってそんな物好きを待ってただけさ。その物好きな誰かさんは話し相手でもいないと寂しかろうと思ってな」
「相変わらず口が減らないな」
「お前にゃ敵わんさ」

 ルネは女のような顔を笑ませ、ハンカチで髪を拭いつつ隣の席に座る。
 彼と待ち合わせをしていたわけでもなかったが、ルネはこんな悪天候の中でも来るだろうという予想があった。"罪"絡みの任務――あるいは作戦と言った方が正しいか――が成功裏に終わった翌日は、二人で飲むのが暗黙の了解になっていたからだ。
 これまでのところ、ルネに関する自分の予測で間違ったものはなかった。それくらい、俺と彼は妙にウマが合った。1年ほど前に同じ影の部隊に配属され、挨拶の握手を交わしてから、ずっとだ。
 各国の特殊部隊の連中と作戦に従事するときには、俺が斥候を務め、ルネが援護する。その連携は素晴らしくうまくいっていた。プライベートでも、同い年であり、互いに酒好きと知ってから一気に意気投合した。ルネも俺も、同じくらいアルコールに強い人間が周りにいなかったのだ。ついさっき寂しかろうと言ったのは嘘ではなく――冗談ではあったが――、俺自身の内情も表している。ルネと飲む酒が一番美味い。彼がいなくては勝利の美酒も味気がない。そう思っていた。
 ルネが俺の前のカクテルグラスを指差す。

「それ、何だ?」
「ハイ・ライフ」
「じゃあ私も同じのを」

 寡黙なマスターがこくりと頷く。
 天候のせいもあるだろう、話す内容は自然と重い内容になりがちだった。しかし一番は、影という組織が置かれた状況にあった。

「にしても酷い天気だ。昨日一日で拠点を制圧できたのは僥倖だったな」
「そうだな。この天候で"罪"の連中とやり合うってのはちょっとぞっとする。――しかしこの戦況はいつまで続くのかね。俺たちみたいな駒に構う暇はないってことか知らんが、上はちと情報を出し渋りしすぎなんじゃないかね」
「仕方ないだろ。情報は大事な戦力のひとつだ。私らよりも厳重に扱われるのは当然ってものさ」
「なるほど、違いない」

 苦笑しつつ頷いて、カクテルを煽る。
 2年ほど前から、自分の所属する影という組織はほぼ軍隊と化していた。敵対勢力の"罪"が我々に――後に"パシフィスの火"と呼ばれることになる――全面闘争をしかけたせいで、気づいたら組織図ががらりと変わっていた。執行部は執行部隊と看板をすげ替えられ、それまでは秘密裏に事を済ませていた諸々のことを、色んなところの特殊部隊と協力するようになった(尤も、不憫なことに彼らは相手の詳細を知らされないまま戦っているのだが)。
 戦況は一進一退を繰り返している。いつこの状況が好転するのか、はたまた悪化するのか、執行部隊の誰にも分からないでいた。支援部隊の予見士たちには分かっているのかもしれないけれど。

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