肉や魚介類の焼ける匂いが、暑さの名残濃い実習所の周りの闇に、心地好い喧騒とともに漂っている。暗闇に食べ物や炭、緑の香りが混ざりあう、濃密な夜だ。木にくくりつけられたライトが、ちょうど食材が乗った網を照らし、その下では、明るい光を放ちながら、炭がぱちぱちと爆ぜている。
 網の隣には巨大なテーブルが設えられ、生の肉や野菜をはじめ、おにぎりや甘辛様々なつまめるお菓子、ソフトドリンクや大学生用の酎ハイ、ビールなども並んでいた。大学生各位のアルコールによるテンションの上昇で、高校生たちも自然と笑い声が大きくなっている。馬鹿騒ぎというほどではなく、和やかと呼べる範囲での宴といえた。
 バーベキューをするにあたり、俺は進んで食材を焼く役を買って出た。役割があるのはいいことだ。食材は昼間に大学生が買い出しに行って調達してくれたもので、立地が海そばということもあり、肉よりもむしろ新鮮な魚やエビ、貝類が目立っていた。大学生がいつの間にか釣ってきたアジなども含まれている。
 その食材をテーブルに並べる際、大学生の一人、太田の兄がしきりに首をひねっていた。どうかしたんですか、と輝が尋ねる。

「うーん……なんか、買っといた食材が減ってる気がするんだよね」
「そうなんですか?」
「かといって、誰かが調理した跡もないみたいだし、生のままで食べられるものでもないし……バーベキューに支障をきたすほどでもないけど、不思議だなあ」

 俺は二人の会話を背中で聞いていて、ぴくりと反応してしまう。部屋から飛び出た何か。夜中にぎらりと光る双眸。標本室で感じた何者かの気配。それらが、ここに至っても影を落としている。
 もしかして、この実習所には俺たち以外の"誰か"がいるのではないか。潜伏し、俺たちの様子を窺っているのではないか。

「あれかな。屋根裏にこっそり住んでる人がいて、そーっと食べ物を持っていって……って、こういうの何かあったよね。江戸川乱歩だっけ」
「や、やめて下さいよそういうのぉ……」

 俺の後ろで未咲が怯えた声を発した。
 その未咲は今、女子で集まってよく響く笑い声をあげている。まさに宴もたけなわというところだろう。もう不可解な出来事は忘れてしまったようだ。あれくらい機嫌が良ければ、二人で話がしたいと言って誘い出せるかもしれない。
 なあ、と口火を切りかけたその時。
 円の中心にいた女子大生が、高々とアルコールの入ったコップを掲げ、

「さあ皆さん、盛り上がってますかあ? それではお待ちかね! 肝だめしの時間でーす!」

 と朗々と宣言した。
 いや、何だそれ。そんなのがあるなんて聞いてない。待ってもいない。

「き、肝だめし?」
「そんなの聞いてないですよお」
「私怖いの駄目なんですけど……!」

 女子たちが口々に拒否反応めいた言葉を並べる。俺だってそういう、わざわざ得体の知れないものがいそうなところへ行くのを楽しむようなイベントは、正直ごめん被りたい。
 女子大生は聞いているのかいないのか、にやーっと口の端を吊り上げる。

「ルールは簡単! くじで二人組を決めて、森の奥の祠(ほこら)の前に置いてある、鉛筆を一本持って帰ってくるだけ! ちなみに明かりはこの懐中電灯だけだよー! さ、くじ引きしよう!」

 彼女はなぜか楽しそうに、本当に楽しそうに、掌に収まるほど小さい懐中電灯を見せびらかしてみせた。それだけを持って暗がりに分け入っていくには、あまりに心もとない装備品だ。
 彼女があまりにてきぱきと説明し進行するものだから、誰にも拒否する暇もなかった。怖がっていた女子高生たちも流されるように、言われるがまま組決めのくじを引いていた。俺も気づけば"4"と書かれた細長い紙片を持っていた有り様だ。
 女子と男子とで組になるようにしてあったらしく、案の定というべきか、運良くというべきか、俺は未咲と二人組になった。うん、こうなる予感はなんとなくあった。俺と同組になったことを知ると、未咲は露骨にぷいっと顔を背けた。
 数字が小さい順に森に入るらしい。1を引いたのは輝と同級生の女子で、輝はか弱い光では到底照らせない深い暗がりの中へ、躊躇することなく踏み込んでいった。その表情は穏やかで全くひきつったりしていなかった。すごい余裕だ。同性ながら惚れぼれするくらいの。
 待っている時間はやけに長く感じる。何か食べていてもいいのだが、その方が気が紛れるのだが、じわじわと這い上ってくる緊張感のせいで、とっくに食欲が失せていた。
 一組目が戻ってきたのは10分ほど経ってからだった。にこにこと笑う輝の片手には、ちゃんと鉛筆が握られている。隣の女子は、俺たちの姿を見るとあからさまにほっとした顔つきになった。
 二組目を見送り、彼らが戻り、三組目を見送るあいだに、未咲の表情からは血の気が消えていった。この待たされる時間は確かにきつい。嫌なものはさっさと終えてしまうに限る。俺にだって余裕はなく、掌にはじっとりと汗をかき、鼓動が早まっている。ただ、未咲の様子から察するに、彼女の緊張は自分の比ではなさそうだった。
 三組目の太田からいやに軽い懐中電灯を受け取る。よくこんなもの見つけてきたなと思うほどのミニサイズだ。試しに木立の入り口から内部へ差し向けると、ほんの少しの狭い範囲しか照らすことができない。

「ぶっちゃけ怖いぞ。頑張れよ、茅ヶ崎」

 要らんことを囁き、俺の肩を叩いて、太田は皆の方へ歩み去っていった。 
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