バーベキューが始まるまであと一時間ほど。俺はそれに備え、早めにお風呂に入っておくことにした。
 入浴に使うアイテム一式を携えて風呂場に向かうと、そこには先客がいた。こんな時間に俺と同じことを考える奴がいるのか、とよく見ると、見慣れた姿。輝だった。
 幼なじみといえど、裸体を曝すのはそこはかとなく気恥ずかしいものがある。なんとなく前を隠しつつシャワーへ近寄ると、体を洗っていた輝は俺に気づき、やあと声をかけてきた。

「おう」
「バーベキューが終わったら合宿も終わりだねえ」
「意外とあっという間だったな」
「ほんとにね。龍介はあの、大学生のお姉さんの連絡先聞き出したの?」
「しねえよ、そんなこと」

 しばらくこの合宿に関する感想をぽつぽつと言い合う。誘ってくれてありがとう、と言われたので少々照れくさくなり、改まって言うほどのことかよ、と憎まれ口を叩く。
 不意に輝が黙りこんだ。ついそちらを見ると、輝はじっと俺を見返していた。
 
「龍介はさ、あの二人、うまくいくと思う?」

 しばらくの沈黙ののち、不意にぽつりと輝が漏らした。その声はごく小さいものだったが、浴室の硬い壁によってその響きは何倍にも膨れ、部屋中を満たす。
 増幅された音は、いやに俺の耳に刺さった。

「――あの二人って?」
「未咲と、九条先輩だよ」
「ああ……まあ、そうなんじゃねえの」

 上手くいくも何も、お互い好きなら上手くいっているのではないだろうか。九条の方はともかく、未咲にはあんな欠点のない男を袖に振る理由などひとつもないはずだ。俺なんかじゃ足元にも及ばないくらい、九条は完璧なのだから。どこまで進展したとかは知りたくないけど。
 輝はふっと、どこか虚無的な微笑みを浮かべた。

「僕は上手くいかないと思うな」
「は? なんでだよ……」
「未咲の感情は憧れであって、それは恋愛とは別物だからさ。先輩はそうじゃない。二人の気持ちは初めからすれ違っている」

 輝の口ぶりは、自分と同学年とは思えないほどに大人びていた。
 というか、何なんだ。その恋愛のエキスパートみたいな口調は。

「お前、そういう方面に詳しいんだっけ……」
「これはチャンスなんだよ、龍介」

 俺の問いかけには答えず、力強く言い切る。
 いや、何のだよ。

「何言いたいのか、さっぱりなんだけど……」
「このままでいいの、龍介。このまま、二人が恋人関係のままで。――君さ、未咲が笑ってるならそれでいい、とか思ってるんでしょ」

 ぐっと喉の奥が詰まる。まさしく、その通りだった。
 未咲が笑っていられるなら、幸せを感じているのなら、その笑顔が俺に向けられるものでなくても、俺は構わないと思って、いる。
 こいつ、読唇術だけじゃなく読心術も使えるんじゃないのか、と恐れおののかずにはいられなかった。
 輝は教え諭す表情になる。いつもの温和な雰囲気は消え、冷徹とまでいえる顔つきになっていた。

「それじゃ駄目なんだよ。物わかりのいいふりはやめなよ。龍介はいつもそう。何だかんだ理由をつけて、自分が傷つくのが怖いだけなんでしょう。できない理由なんて探せばいくらでも見つかる」
「何……」
「自分から動かなきゃ、欲しいものなんて手に入らないんだよ」

 輝が、俺の心のその真ん中まで見透かそうとするように、まっすぐな視線で射抜いてくる。瞬きすらしない。
 幼なじみの見たことのない表情に、俺は気圧(けお)されていた。

「君はもっと、我が儘になっていいと思うよ」

 最後に少しだけ張り詰めた顔を緩めて、輝はそのまま浴室を出ていった。
 無音になった浴室で、しばらく目の前の曇った鏡を睨む。俺には分かる。あいつは相手の痛いところを無闇に突いて回るような人間ではない。きっと本当に俺のためを思って、敢えて厳しい言葉を選んでいるのだ。

「だからってなあ、どうしろっつうんだよ」

 今、未咲の隣には九条がいる。俺では彼にはどうやったって勝てない。未咲もきっと、そんなのは望んでいない。二人が上手くいかないなんて、そんなことがあるだろうか。きっと、俺の気持ちと存在だけが邪魔なのだ。
 このままでいいのか。いいとは思わない。けれどこんな現状で、どうしたらいいのか考えたって解が導かれる道理はない。
 ――人間も、数学と同じく論理的だったらいいのに。
 頭の中のもやもやを直接揉み消すように、俺はシャンプーをわしわしと泡立てた。
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