合宿場所は、海に突き出た岬にあった。丸みを帯びた三日月型の岬の先の方、陸地の内側に抱えられる形だ。建物の周りはほとんど岩場だが、少しだけ砂浜があり、あまり人の来ない穴場となっているらしい。
 合宿の件を両親に伝えると、二人は心底嬉しそうな顔で送り出してくれた。
 合宿のメンバーは、高校生は俺と未咲と輝、太田組の男子一人、女子二人の計6人。未咲は今日も脚を潔く露出した格好だ。駅で大学生の車を待つあいだ、近況などを報告し合った。未咲は女子二人とは既に友人関係らしく、黄色い声をあげてきゃっきゃっとはしゃいでいる。顔の広い輝はもちろん、太田とももう打ち解けている。太田は少し見ないうちにだいぶ陽に焼けていた。

「すげえな太田、その日焼け」
「ああ、けっこうプールで泳いでたりするからな。茅ヶ崎は相変わらず白いなー」
「まあ、あんまり外出てねえし……」
「茅ヶ崎って、暑さ苦手そうだもんな。インドア派っぽいというか」
「悪かったな、どうせ俺はひ弱で根暗だよ」
「ああ悪い、皮肉のつもりじゃなかったんだ。ただそう思っただけというか……いや、悪口っぽかったよな。ごめん」
「……いや、俺こそごめん」

 つい棘のある言葉をぶつけてしまい、反省する。すぐに悪意を疑ってしまうのは俺の悪い癖だ。他人はそこまで俺にマイナスの感情を持ってはいないものだ、と最近分かってきていたが、つい思考がそちらに流れてしまう。太田があまり気に介していない様子なのが救いだった。あまり卑屈になるのはよそう、と心に刻む。
 やがて二台の車に別れ、大学生三人がやって来た。男子が二人で、女子が一人だ。太田に似て大らかそうな雰囲気の男子が、太田兄だろう。大学生はみんな軽やかな空気を纏っていて、ずいぶんと大人に見えた。
 これで合計が男子5名女子4名。総勢9人となった。

「おー、大所帯だねえ」

 集まったメンバーを見回して、ふわふわしたロングヘアの女子大学生がころころと笑う。
 荷物をトランクルームに詰めこみ、自己紹介もそこそこに、二組に分かれて車に乗り込む。合宿場所へは一時間ほどかかる。途中、海沿いの幹線に出ると、夏の陽射しを波間に受けた海の表面で、数えきれないほどの細かいきらめきが、季節を誇るようにちらちらと踊っていた。綺麗だな、と素直に思った。
 岬へ近づくにつれ、道路は細くなり、民家は疎らになり、枝が海とは逆方向に伸びた木が増えてくる。小さな浜辺を横目に進み、こんもりと茂った木々を抜けると、その建物はいきなり目の前に現れた。
 公民館みたいだ、というのが最初の印象だった。外壁の漆喰は白く、ぱっと見は小綺麗だったが、よく見ると年季が入っているのが見て取れ、壁や玄関部分のコンクリートにはひび割れも生じていた。太田によると、少し前まで使われていた大学の施設だということだ。玄関脇には、臨海実習所、と彫られた金属のプレートがそのままになっていた。

「すごーい! なんか、頭良さそうな建物!」
「その発言がもう馬鹿っぽいけどな」

 目を輝かせている未咲に突っ込むと、間髪入れずチョップが飛んでくる。長年の勘に従ってすかさず避けると、避けるなー! と未咲が憤慨した。それを見ていた大学生たちが、二人とも面白いね、とくすくす笑う。どこが面白いのか分からない。
 太田兄に誘導され、玄関でスリッパに履き替える。所内は多少埃っぽく、かすかに薬品臭と潮の香りがした。廊下の上部にもガラスが嵌められているため、照明が点いていないにもかかわらずかなりの明るさだ。ドアや窓の鍵、階段の手すりなど、作られた年代を暗示するデザインが、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。通路はくねくねと蛇行し、一直線に先を見通せないようになっていた。通行するときは、向こうから誰かが来ないか気をつける必要があるだろう。建物内の部屋数は相当多く、普段は一人で在駐しているのが信じられないほど、敷地面積は広かった。
 まずはめいめい、割り当てられた部屋に荷物を置きに行く。ひとつの部屋は二段ベッドが二つ、簡易な長机ひとつと椅子が二つ。男子と女子で別れるが部屋の構造は一緒だそうだ。ここで勉強するわけではないから、まあ寝泊まりできれば十分だろう。戯れに布団に触れてみるとふかふかとして手触りがよく、快適そうだった。
 男子女子4ずつからあぶれた一人はどうするのかというと、施設の管理人である太田兄には別に部屋があるらしかった。
 興味本意でその部屋を覗かせてもらう。立て付けの悪いドアをぎっぎっと開けた先には、6畳ほどの昔懐かしい風情の和室があって、真ん中にぽつんと机が置いてあった。夜は布団を敷いて寝るのだそうだ。
 俺を含めた高校生たちは一様に苦笑いを漏らす。あまりにわびしい風景だったからだ。

「なんか、寂しーい」
「こんな広いところに一人って、心細そうですねえ」

 太田兄は眉をハの字にして笑う。

「あー、そうそう。ちょっと怖いよ。たまに変な物音とか聞こえるし。足音みたいなの」
「え、それって――」
「ちょっと、やめてくださいよ、そういうの!」

 とたんに青ざめた顔になったのは未咲だ。いつも豪胆な幼なじみは、オカルト的なものは苦手なようだった。そう言う俺だって得意ではない。聞かなきゃよかったと後悔する。
 太田兄は冗談、冗談、と申し訳なさそうに笑みを振り撒く。俺にはその弁解が、どうも取って付けたもののように思えて仕方なかった。
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