夏の朝は好きじゃない。明るくなるのが早すぎるし、暑さで目が覚めてしまって、目覚めが最悪だからだ。
 繰り返す幼い夏の一夜。
 またあの夢か、とげんなりしながら携帯を手繰り寄せ、時刻を確認する。まだ7時前だ。それなのに、カーテンの隙間から差す日射しは白く眩しく、室温はおそらく既に25℃を超えている。ジイジイという蝉の鳴き声も聞こえる。
 携帯の通知欄には、メッセージの到着を報せるアイコンが点っていた。ベッドの上で起き上がり、画面を操作する。クラスメイトの太田からのものだった。
 期末試験の勉強会の後、しつこく彼に勧められ、仕方なしにダウンロードしたアプリだったが、これがなかなかに便利だった。つまらない意地を張っていた自分が、阿呆だと思えるほどに。未咲や輝ともIDを交換した今では、むしろメールをほとんど使わなくなっていた。それはいいのだが、未咲から変なスタンプだけが脈絡なく送られてくることがあり、対応に困っている。どうにかしてほしい。
 画面を操作して見ると、太田からのメッセージは夜の0時過ぎのものだった。何やら、勉強合宿なるものへの誘いらしい。

 "いきなりだけど、茅ヶ崎は勉強合宿とか興味ない? 日程はお盆前で、BBQ付きなんだけど"
 "二泊三日で、大学生が勉強教えてくれるんだ。他に何人か呼んでもオーケー。俺の方は前に茅ヶ崎に数学教わった女子部員二人と行くつもり"
 "興味あったら、詳細送るよ"

 ふうむ、と考える。もう8月の頭だけれど、俺はまるで夏らしいことをしていない。補講のために学校と家を往復してばかりで、正直夏休み前とそんなに変わらない生活を送っている。未咲は部活と補修、輝は記者倶楽部の取材に駆け回っており、捕まえる暇もない。
 ただ、お盆前となれば部活も補修も俺の補講もいったん休みになるだろう。夏休みの課題を大学生に教わるのも悪くない話だし、太田組も大体人柄が分かっているし、幼なじみの二人を誘って参加するのもありかもしれない。
 返事を打ちながら、ふっと笑いがこみ上げてきた。俺も変わった。以前の自分なら、こんな誘いに乗るなんて考えられなかったろう。
 あの軽佻浮薄な赤髪の男――ヴェルナーと話して、そんなに怖がらなくていいんじゃない、と言われてから、俺は少し積極的になれたと思う。何か新しいことをするのにもうあまり恐怖はない。関わってみて駄目だったら、それはそれだけの関係だったというだけだ。彼のおかげで変われたなどと、声を大にして言う気はさらさらないが。
 興味はちょっとあるかな、と送信すると、返事は二時間ほど経って返ってきた。

 "茅ヶ崎、早起きだな! じゃあ詳細送るわ"
 "1日目
お昼食べてから駅前に集合、大学生が車持ってるからそれで移動。合宿場所に着いたら勉強見てもらって、夜は仕出し弁当かなんかとる予定"
 "2日目
自由に勉強見てもらう日。海近いから、息抜きに泳いでも釣りしてもよし。夜はBBQ。買い出しは大学生がしてくれるって"
 "3日目
 帰る準備して、昼までに帰る"
 "ざっとこんな感じ。俺の兄貴が夏休みに施設管理のバイトしてて、格安で使ってもいいことになってるんだと。上宮(かみや)とか篠村さんもどうかなーって。返事は明後日までにくれると助かる"

 文面を脳内で整理しながら、なかなか良さそうだと考える。幼なじみ二人は俺が誘わねばなるまい。
 未咲に送る文面を打っていると、そういえばあの一件から自分から連絡取るのは初めてだな、と気がついた。
 あの一件。未咲と、生徒会長・九条悟のデート。
 夕陽で茜に染められた、公園の場面がふっと頭をよぎる。二人きりの公園、見つめ合う男女、徐々に近づく双方の顔。俺が言うのもなんだが、完璧にロマンチックなムードだったはずだ。
 なのに、未咲はそれを避けた。
 見ていられない、と目を逸らした俺を我に返らせたのは、ごめんなさいっ、という鋭く空気を打つ未咲の声だった。あの時、未咲が拒絶したのはなぜなのだろう。単に初めてのデートで恥ずかしかったからか。それとも、屋外でキスするなんてとんでもないという古風な考えを持っているのか。
 輝からは何も聞かされていないが、二人があれからまたデートを重ねている可能性もある。そして今度こそは、顔を背けずに、唇を――。
 手の中の携帯をぐっと握りしめる。
 別に、それならそれで、いいじゃないか。あいつが笑っていられるなら。未咲のあの、真夏の太陽のような笑顔が向かう先が、俺でなくても。何も外野が騒ぎ立てることじゃない。
 俺は諦めるつもりでいた。
 そこまで滔々と思考して、己の決心のうすら寒さにぶるぶると頭を振るう。
 ――諦めるって、なんだよ。それじゃまるで、俺が未咲を好きみたいじゃねーか。
 気を取り直し、雑念を滅して携帯と向き合う。修行僧みたいに、完全なる無を念じながら。
 二人からは一日と経たず返事が来た。答えは、どちらもイエスだった。
 それを見て、俺は無意識的に拳を握りかけた。
 俺は決めていたのだ。この合宿に二人が参加したら、影関連の言えない隠し事がある、と伝えることを。もうこれ以上関係がぎくしゃくするのはごめんだった。それと同時に、吐いて楽になりたい思いもあった。
 そしてもう、二人に依存するような生活は終わりにするのだ。
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