「あれ、九条じゃん」

 唐突に、二人きりの楽しいひとときが破られる。
 会長は振り向いて、ああ、と応えるが、わたしは声をかけてきた人に見覚えがなかった。
 もしかすると会長よりも背が高い、高校生であろう男子。細く剃った眉に、親の仇かというほどにつんつん逆立てた髪。爬虫類を思わせる鋭いまなざしが、無遠慮にわたしを射抜いていた。
 その爬虫類男子の腕に、女の人がしなだれかかっている。豊かな巻き毛で、ついでに胸の谷間も豊かだ。スタイルの良さを誇示するような、布面積の小さい服を恥ずかしげもなく着こなしている。化粧が濃いから年上にも見えるけど、わたしと同い年くらいかもしれない。
 ジン、と会長が爬虫類男に呼びかける。

「偶然だな。お前も来てたのか」
「おう。九条もデートか? やっと彼女つくる気になったのか」
「つくる、って言い方は好きじゃないんだけど……」

 会長が苦笑いする。じろじろと舐めまわすような視線から逃れようと、わたしは半ば会長の影に隠れていた。どうも相手は苦手な部類の人達だ。
 引っ込むわたしとは反対に、胸元豊子(ゆたかこ)がぐいっと前に出てくる。

「えー、あたしそっちの彼の方がタイプなんだけど。ねえそこの隣のコ、交換しない?」

 な、なんてことを言うのだ。確かに会長は完全無欠の爽やかイケメンだし、元気だけが取り柄のわたしは全然釣り合わないかもだけど、あなたみたいな派手な美女の方がお似合いなのかもしれないけど、絶対に交換なんか応じてやらない。
 言い返そうとすると、す、と会長がわたしを庇うように腕を伸ばした。
 毅然とした面持ちで、顎をぐいっと持ち上げる。

「悪いけど、彼女は俺が無理を言って付き合ってもらってるんだ。遠慮してくれないかな」
「悟さん、無理なんてそんな」
「いいから」

 きっぱりした声音。眼の光も強い。
 守ってもらってる、と分かって、またしても心臓が早鐘を打ち始めた。
 つまんなあい、と不平を垂れる女の人の腕に、ジンと呼ばれた男子が自分の腕を絡ませる。

「そーそ、今日は俺で我慢しろよ。ほら、行こうぜ」
「ま、いいけどさー」
「じゃーな九条、邪魔して悪かった」

 にやりという笑いを残して、二人は風みたいにさっさと人混みに紛れていく。
 わたしはしばらく何も言えず、彼らが消えていった先をぼんやりと眺めていた。爬虫類男の、わたしを値踏みするような眼光が、目に焼きついたままだった。

「えっと、今の人って」
「ごめんね、びっくりしたよね。あいつ、男バスの主将だよ。仁志田(にしだ)って名字だからジン。隣の女の子は知らないなあ。あいつ、すぐ相手変えるから」
「……そんな人と、仲いいんですか」
「んーまあ、同じ部活だし、見た目ほど悪い奴じゃないんだよ。信じられないかもしれないけど」

 うん、信じられない。あれは絶対に見下した顔だった。なんでこんな平凡すぎる女が、会長の隣にいるのかって。
 考えてたら腹が立ってきたけど、やめよう、きりがないんだし、と開き直る。誰がわたしをちんちくりんだと思おうが、それが何だっていうのだ。会長がわたしの隣でいいと言ってくれるなら、それでいいじゃないか。
 気を取り直して、ふんっと気合いを入れる。我ながら可愛いげがない所作だったけど、会長は優しげな瞳でわたしを見つめていた。
 その後、見繕った服を買ってくれるという会長の申し出に、ものすごい勢いで辞退することになったのだが、一度決めたら意外に曲がらない会長に根負けして、わたしが折れるのが先だった。
- 12/13 -

back


(C)Spur Spiegel


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -