* * * *

 空は見事な晴天だが、俺の心では嵐が吹き荒れている。
 もはや、世界が憎かった。かなり凄惨なしかめっ面をしていたのか、前方から歩いてきた何人かが、ぎょっとして俺に道を譲った。
 視界の中には、仲良く手を繋いで歩く未咲と九条の姿がある。完全に、どこからどう見ても立派なカップルだ。
 輝は、これ以上離されると見失う、というぎりぎりの距離を保ちながら二人の後に続く。俺は彼の半歩後をただ着いていっているだけで、完全に金魚の糞と化している。一体こいつは何者なんだ。
 だがそんなことも、幼なじみの浮かれた姿の前ではどうでもよい些事だった。

「軽々しく手とか繋いでんじゃねーよ……気安く名前で呼んでんじゃねーよ……爽やかすぎてムカつく……」
「"それは俺だけの特権だ"って言いたい?」
「は? 別に……俺のはそんなんじゃねえし……手を繋いでるっつーか、無理やり引っ張り回されてるだけだし」
「そうだよねえ、龍介のは牛とか馬が牽かれていくようなものだよね」
「例えがひでぇんだよ」

 輝はだいぶ失礼なことをさらりと口にする。
 二人が歩いていく先は、複合ビルが何棟も並ぶ、市内一栄えていると言っていい一帯だ。ビルにはシネコンも入っているから、そこに向かうのに違いない。
 とりあえず、男二人が連れだって来るような場所ではないので、俺たち男二人組はなんとなく浮いている。周りはカップルか、夫婦(と子供)か、女子同士のグループがほとんどだ。

「俺ら、ちょっと目立ってるよな。もし見つかったらなんて言おう」

 ぼそぼそした俺の呟きにも、輝は過(あやま)つことなく反応してくれる。

「そうだねえ、昨日龍介の誕生日だったから、僕がプレゼントを選びにきたとでも言えばいいんじゃない」
「なんで男が男にプレゼントなんか選ぶんだよ。彼氏か」
「なら腕でも組む? 雰囲気出るように」
「ふざけんな」

 ぴしゃりとはねつけると、輝はジョークだよジョーク、と言いつつ肩をすくめた。
 確かにそうすれば雰囲気は出るかもしれないが、あらぬ誤解を受けるのはまっぴらだ。もしそんな場面を未咲に見られたら、と思うとぞっとしない。あいつのことだから、"わたしは、恋愛って自由だと思うし!"とか平気で言ってきそうだ。そうなれば、もう俺は立ち直れない。

「そういや、あいつらが映画観てるあいだどうすんだ? 暇だろ」
「うん、暇だから映画観よう。同じやつ」
「マジで?」
「マジで」

 輝の返答は軽やかだったが、俺の気持ちは石を投げこまれたように重くなった。何が悲しくて、休日に男二人で映画を観なくてはいけないのか。
 案の定、先行する二人が行き着いた場所はシネコンだった。未咲と九条が、照明を絞ったシネコンのチケット売り場へと吸い込まれていく。
 しばし間をおき、タイミングを見計らって俺たちも続いた。スクリーンは既に開場していて、二人の姿はチケット売り場からは消えている。
 輝が俺を振り返り見る。

「龍介、映画始まる前にトイレ行っておく?」
「あー、そうするわ」
「じゃあ行ってらっしゃい」

 輝の提案に従い、用を済ませて戻ってくると、にこやかな笑みをたたえながら、チケットと二対のドリンク、ポップコーンをトレイに乗せた彼が待っていた。

「はい、チケット買っておいたよ。ドリンクは同じやつ、ポップコーンはキャラメルとチーズとどっちがいい?」
「……チーズ」
「だよね。はい」
「お前……彼氏力高ぇな……」
「そう?」

 紙のカップを受け取りながら、半ば呆れて言う。対する輝の顔はまんざらでもなさそうだった。その顔やめろ。
 俺と輝はシアターへと足を向ける。そういえば、尾行するのにここが一番の難関なのではないか。もし二人に見つかったら言い逃れもできまい。偶然に来たにしてはできすぎだ。俺たちが仮にカップルだったとしても。ああ。言ってて寒い。

「なんか、中に入るときに見つかりそうじゃね? 大丈夫なのかよ」
「一人ずつ別れよう。目の前の人の後ろに着いていって。なるべく目立たないように」
「不安だな……」
「堂々としてて。人間の意識は動く最初のものに集中する傾向があるから。大丈夫、けっこうばれないよ」

 まるで何回も経験があるかのように輝が言うので、俺はうへえとげんなりしてみせる。
 輝の言葉通り、俺たちは発見されることもないまま、無事に席にたどり着けた。やがて場内の照度がじわっと下がり、騒々しい効果音に彩られためまぐるしい宣伝映像のあと、映画本編が始まる。それから2時間は特にすることもないので、スクリーンを見つめ続け、時おりドリンクを含み、ポップコーンを咀嚼した。
 映画は面白かった。感動さえした。長大なエンドロールをぼんやり眺めながら、この気持ちのまま帰れたらいいのに、と思った。
- 9/13 -

back


(C)Spur Spiegel


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -