そして現在、わたしの隣には会長がいる。まだ、夢の続きを見ているかのよう。
 "それ、デートだと思っていいのかな"――会長はそう言ったけれど、実のところ、わたしは今日のことをどう捉えたらいいか判断しかねている。別に会長と付き合ってるわけじゃないし、好きだと言われたわけでもない。まずは友達からお願いします、ってところなのかな。
 わたしの格好を見て、学校とちょっと雰囲気が違うね、と会長は微笑みながら言った。
 う。やばいかも、と動揺する。気合いを入れて張り切りすぎたかもしれない。幼馴染みの男子二人とか、女子同士で休日に会うときなんかは、こんなに頑張ったりしない。今日はお姉ちゃんに服のアドバイスを貰って、マスカラも貸してもらったのだ。

「え、えっと、変ですかね?」
「ああごめん、可愛いねって言いたかったんだ」
「か、かわ……っ」

 不意打ちに、ぼっと頬が熱くなる。可愛いなんて、今までの人生で数えるほどしか言われたことがない(※親兄姉からを除く)。わたしなんかより数段可愛い人をたくさん知っているはずの人に、そんな言葉をかけられたら、どうしていいか分からなくなってしまう。
 畳みかけるように言葉が連なる。

「服も可愛くて、似合ってるよ。あと、なんか俺とペアルックっぽいよね」
「え……ペア……?」
「うん。二人とも上が白いシャツかブラウスだし、下はデニムだし」

 わたしははっとして自分と会長の格好を交互に見やった。本当だ、示し合わせたみたいに揃っている。まずい、だだ被り。

「すみませんっ、今すぐ帰って着替えてきますね!」
「いやいやいや、いいよいいよ! 俺、そういうの嫌いじゃないし」

 会長に手首を掴まれ、引き留められた。彼に触れられたところだけ、熱を持ったように肌が熱くなる。
 うん、わたしはちょっと落ち着いた方がいい。
 ふー、と深呼吸してから改めて会長に向き直ると、微笑ましいものを見ている目がそこにはあった。まるで、自分の尻尾を追いかけ回して転げる子犬に向ける視線のような、あたたかく優しい目だ。
 そうして会長がわたしへ、何かを受けとる時みたいに、掌を上にして右手を差し出す。

「落ち着いた? それじゃ……はい」

 わたしは思わず目を見張り、そこに差しのべられた掌を眺める。何かを促されているようだけど、それが何なのか分からなかった。
 何だろう。何を求められているのだろう。

「えっと、わたし、何か会長に借りてましたっけ?」

 内心焦りつつ、小首を傾げながら尋ねると、会長は軽くぷっと噴きだした。本当に、心底愉快だという様子で。
 そして、両目を細めて、

「いや……手をね、繋ぎたいなあと思って」

 わたしはえ! と素っ頓狂な驚きの声を上げ、わたわたと手をからだの前で振り回した。
 あまりにも予想外だ。だって、それじゃ、まるで。

「って、手とかだって、デートみたいじゃないですか……っ」

 顔が絶対に真っ赤になっている自信があった。
 手を繋ぐなんて、会長はいいのだろうか。周りにたくさん人がいるこんなところで、うちの高校の生徒が何人もいたって全くおかしくないここで、わたしなんかに手を差し出して。休日が明けたら、きっと学校で噂が立つに決まってる。わたしは構わないけれど、会長は嫌じゃないのかな。相手が、わたしなんかで。
 会長は少しだけ首をひねり、口元は弓形にする。

「俺はそのつもりで来てたんだけどな」

 ちょっぴり、いたずらっぽい口調だった。
 息が詰まった。どきどきしすぎて、こんなの心臓に悪い。咄嗟に言葉が出てこず、もにょもにょと言いよどんでいると、会長は眉根を軽く寄せて寂しげに微笑んだ。

「もしかして今日のこと、無理に付き合わせたかな。俺が先輩だから、断りにくかった?」
「いえそんな……っ、そもそもわたしが言い出したんだし、そんなことないです……!」
「じゃあ、いい?」

 静かな、けれど確たる意志を感じる問い。
 ――会長、意外と肉食系だったんだ……。
 普段とのギャップにどきまぎしながら、わたしは震える喉を押さえつけ、はい、と弱々しく返事をした。まともに彼の顔は見られなかった。これ以上ときめいたら、死んじゃいそうだったから。
 会長の右手がそっと伸びてきて、わたしの手をふわりと掬い取った。それがとても大切なものにする仕草に思えて、心臓がきゅう、と切なく痛んだ。
 歩きだす前に、ふと会長がそれからさ、と呟く。
 無意識に、ずいぶん高い位置にある彼の顔を見上げる。

「いま学校関係ないし、会長って呼ばれるのはちょっと、抵抗あるんだよね」
「あ、それもそうですよね。えーとじゃあ、九条先輩……?」
「いや、悟でいいよ。俺も未咲さんって呼んでいいかな?」

 何秒か、絶句する。その提案の破壊力に、もちろんです……、とか細い声で返すのが精いっぱいだった。
 わたしの小ぶりな手は、彼の掌にすっぽりと簡単に収まった。バスケをやっているからかもしれないけど、思いのほか厚くて男らしい手だった。彼のそのままの体温が、直接わたしに伝わってくる。
 手が汗でべたべたしてたりしませんように、とわたしはそれだけを願った。
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