こうして上手く乗せられた俺は、ポケットにしまえるオペラグラスを持って、ここで未咲の登場を今や遅しと待ち構えている。
 時刻はもうじき九時半。朝の清々しい空気が太陽の熱によって塗り替えられ、じりじりした熱が肌を焼きつつある。
 輝によると、二人の待ち合わせの時間はそろそろとのこと。どうしてそこまで詳しい情報を持ってるんだ、と恐る恐る訊くと、何のことはない、生徒会長と一緒に映画に行くんだ、と未咲本人から報告を受けたらしい。
 心がどんよりと淀む。
 ――俺には、何も言わなかったくせに。
 と、軽やかなステップを踏み、その未咲が現れた。思わず、その姿を凝視する。
 半袖の白いコルセットブラウスに、裾がスカラップになったデニムのショートパンツ。小ぶりなピンクベージュの鞄と、足元は涼しげなコルクソールのサンダルだ。いつもの勇ましい雰囲気とはまるで違い、可愛らしくどこか慎ましいとも言える空気感を纏っている。髪の先もアイロンかなにかで巻いていて、控えめに化粧もしているようだ。
 潔くあらわになった太ももが、夏日に眩しいほど映えていた。
 未咲を認めた九条悟が、好青年らしい笑みを浮かべて立ち上がる。

「なんだよあのショートパンツ……ショートすぎだろ」

 ぼやくと、輝がぷっと噴き出す。

「――んだよ。なんも面白くねーよ」
「龍介、相変わらず未咲の脚見すぎだから」
「み……っ、見てねえよ。相変わらずってなんだよ」

 未咲が九条悟の元へ駆け寄っていく。目元を緩ませた九条悟が、未咲に可愛いねと言っているのが、輝のような読唇術を使えない俺でも分かった。むくむくと積乱雲のように湧いてくる、"羨ましい"という気持ちに無理やり蓋をかぶせる。恥じらいを含んだ未咲の笑顔が、やけに遠くにあるように見え、ぐっと唇を噛む。
 俺は今さらになって後悔していた。生徒会長へのプレゼントを一緒に選んだあの帰り道、うまくいくといいな、なんて未咲に声をかけたことを。

* * * *

 連絡くれないかな、と会長に言われた日、わたしは夢見心地のまま家に帰った。
 自室でもこもこのルームウェアに着替えてから、ふわふわした足取りでベッドにダイブする。ぬぼーっとした表情のウサギの抱き枕を抱えながら、携帯の画面と天井を見上げた。
 心臓がどきどきするのと同時に、胃のあたりがしくしくする。嬉しいのに、なぜか泣きたい。わたしは、どうしてしまったのだろうか。わたしはこれから、どうなるのだろうか。
 彼の、真剣な視線が目に焼き付いていた。
 ひどい自惚れでなければ、会長の言ったことはたぶん、本心だと思う。信じられないかった。信じてしまうのが怖かった。他の人を差し置いて、わたしが彼と二人きりなんて。わたしなんかで、いいのかな。
 ぎゅっと目を閉じる。瞼の裏に会長の顔を思い浮かべて、返事をどうすべきか、自分の心に聞いてみる。
 彼について、知りたいことがたくさんあった。
 どんな食べ物が好きなんだろう、とか。飲み物は何が好きなんだろう、制服以外にどんな服を着て、休みの日はどんなことをしていて、どんな風に街を眺めるんだろう。
 そんなとりとめもないことが、胸からあふれそうなほど、いっぱい。
 それが、今のわたしの、純粋な気持ちだ。
 ウサギを端に追いやった。腹這いになり、携帯の液晶とにらめっこする。

『映画の話、よかったらよろしくお願いします。
 わたし、会長のこと、もっと知りたいです』

 画面にそう打ち込んで、送信しようか、やっぱりやめようか、この期に及んで迷いに迷う。指先の右往左往を20回くらい繰り返したところで、タッチパネルに指が触れてしまったらしく、意図せぬ拍子にメッセージが送信されてしまった。
 うわ、と反射的に声に出して携帯を放り投げる。しばらく呆然とベッドに座りこんでいたけど、じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。
 どうしよう。取り消そうか。今なら間に合う。会長もまだ見てないかもしれないし――。
 布団から携帯を拾い上げた瞬間、画面に新しいメッセージが表示された。

『良かった、嬉しい。
 俺も篠村さんのこと、もっと知りたい』

 読んだ刹那、心臓が跳ねる。一瞬だけ、時間が止まったみたいに思えた。
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