* * * *

 駅前の噴水は、格好の待ち合わせスポットになっている。
 乱立する建物のあわいから覗く青い空、湧きたつ真っ白な積雲、それらの鮮やかなコントラスト。水源から高みへ勢いよく噴き上げられた水のしぶきが、きらきらと陽の光を反射する。小粒の宝石をばら蒔いたようにも見えた。
 九条悟が、噴水の縁に腰かけている。俺は物陰で輝と隣り合い、九条が腕時計を確認する様子を眺めている。彼の格好は、ボタンが黒い白シャツにジーンズ、それに合皮のボディバッグ。ごくごくシンプルな出で立ちなのに、めちゃくちゃ様になっている。正直言って悔しい。
 輝が忍び笑いを漏らす。

「龍介、そう僻まないで」
「僻んでねーよ」

 九条悟が文庫本を取り出し、手慣れた風情でぱらぱらとめくり始めた。本にはカバーがかかっており、タイトルは分からない。待つのは慣れてるってことか。くそ。

「インテリぶりやがって……」
「難癖つけないでよ」
「つけてねーよ」

 小競り合いに似た言い合いをしながら、俺と輝は彼にじっと視線を注ぐ。
 なぜ、こんな事態になったのか。
 昨日、最低の誕生日プレゼントを俺に渡してくれた輝は、軽々しく犯罪の提案をして、いたずらっぽく笑った。対する俺は、めちゃくちゃ引いていた。

「尾けるって……尾行ってことかよ。それって犯罪じゃねえの」

 非難めいた俺の言葉に、ううん、と輝はあっさり否定する。聞き分けの悪い生徒へ、教師が向けるような目で俺を見た。

「犯罪にはならないよ。龍介、いま生徒手帳持ってる?」
「生徒手帳? まあ、多分……」

 藪から棒に尋ねられ、脈絡も考えられないままに、スラックスのポケットから深緑色の生徒手帳を取り出す。別に真面目に持ち歩いているわけではなく、単に配布されてからずっと突っ込んだままだったのだ。

「それに校則が載ってるでしょ。それの36、読んでごらん」
「36……36……、っと」

 該当のページを見つけ、言われたとおり文面に目を走らせる。そこには蟻の行列にも似た細かい字で、
"校則36 本校の生徒並びに教職員は、本校の記者倶楽部による私的利用を伴わない全ての取材行為(写真利用を含む)を、本校への入学(教職員においては着任)を以て、許可したものと見なす。" と印字してあった。
 おいおい、と心の内で突っ込む。何だこりゃ。

「記者倶楽部っていうのはね、この高校で新聞部と写真部を兼部してる生徒のことだよ。つまり僕みたいな生徒のこと」

 要領よく、輝が補足説明を加える。
 俺は無意識に眉間を押さえた。
 つまりこの校則が言っているのは、記者倶楽部のメンバーに記事を書かれようが写真を撮られようが尾行されようが、文句は言えないということだ。それがたとえ無断であったとしても。
 そんなのってありなのか。大体、こんな小さい字の羅列を誰が読むものか。
 俺は手帳をぱしっと机に叩きつける。

「卑怯だろ、こんなん。知らないうちに許可したことにされて、悪質じゃねーか。この学校ってそんなとんでもねえとこだったのかよ」
「校則は学校のホームページでも公開されてるよ。誰でも閲覧可能だし、アンフェアなところは何もない。取材行為だって写真だって、何も悪用するのが目的じゃないよ。公共の場でのマナー違反とか、借りた本の無断延滞とか、駐輪場の不適切な利用とか、そういうものの抑止が目的なんだ」
「っつったってなあ……」

 輝は明朗な笑みをたたえながら、淀みなく滔々と説明する。その朗らかさが逆に怖い。学校の思わぬ実態に口ごもっていると、瞳をきらりと光らせた幼なじみが、低く悪魔の囁きを吹き込んでくる。

「ってことで、龍介、明日の予定はある?」
「まあ……何もないけどよ……。つうか、俺は新聞部でも写真部でもねーだろ」
「心配しないで。もう倶楽部長に許可は貰ってるから」
「は」

 根回し良すぎだろ。怖いわ。

「ま、龍介が来なくても僕は行くんだけどね。未咲が生徒会長とどんなことをしてどんな話をするか、僕だけが知ることになっちゃうなあ」
「う……」
「取材内容は取材した本人と倶楽部長しか知ることができないんだ。だから――」
「分かった分かった、行くよ、行きゃいいんだろ」

 未咲と生徒会長のデート。俺にとって、それを一切気にかけるなと言う方が無理だ。俺が早々と白旗を揚げると、輝は満足げに頷いた。
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