生徒会室に漂うラブコメの気配を変えるべく、足りない頭をフル回転させて考える。
そこでふと、下がった視線の先、会長のスラックスのポケットから、某夢の国のキャラクターがこんにちはしているのに気がついた。十中八九、携帯のストラップだろう。わたしはそれを指で示して、そのクマの名前を口にする。
「会長、それ好きなんですか?」
「ああ、これ?」
会長がポケットの中身を取り出す。カバーも何もない白い無機質な携帯に、愛らしいマスコットがぶらさがっている。なんとも絶妙なバランスだ。
「やっぱり、男がこういうの付けてるのって変かな」
「いえ、ただ好きなのかな? ってちょっと気になって……あ、彼女さんの趣味とか、ですか?」
口が滑る。しまった。ラブコメ的空気に自分が戻してどうする、わたし。彼女さんの話なんて聞きたくないぞ。
「いや、彼女なんていないよ。姉貴が好きでね、その影響だよ」
目の前の人は、眉尻を下げ、苦笑いをする。
嘘みたいだ。こんな格好いい人に、彼女の一人もいないなんて。そして、彼のように爽やかな人が、"姉貴"というなかなか男前な呼び方をすることに、なんだかきゅんとした。
「きょうだいで仲がいいんですね」
「いいというか、ただ押し付けられてるだけかな。最近新作が公開されたでしょ? あれも、早く観に行けとか急かされてて」
「あ、あれ面白そうですよね。もう観たんですか?」「いや、まだ行ってないんだ」
「じゃあ一緒に行きます?」
軽く言ってしまってから、さーっと顔から血の気が引いた。わたしはノリでなんてことを口走ってるのだ。困惑されるか、露骨に嫌な顔をされるか、どっちかに決まってるのに。断られて傷つくのがオチだ。
想像どおり、会長は目をぱちくりさせている。今に言葉を濁されるだろう。否定の言葉でざっくり傷つけられるのを回避するため、なーんて、と軽い調子で誤魔化そうとしたら、
「それ、デートだと思っていいのかな」
先に口を開いたのは彼だった。
目をしばたかせて、彼の顔を見返す。今なんて?
会長は真面目な顔つきになっていた。全校生徒の前で見せる顔とも違う、とても、真剣な表情。
どうして。どうしてわたし相手に、そんな顔をするんだろう。
突然のことに対応できず硬直していると、会長は表情を緩め、わたしに笑いかけた。
「いきなりで驚かせたよね。ごめん。でも俺、本気で言ったんだ。篠村さんと、二人で映画を観に行きたいな」
え、え、と到底言葉にならない。思考がホイップされ、もったりしたクリームで頭の中が覆われる。目の前が真っ白になる。何、これ。何が起きてるのか、理解がついていかない。
「え、あの、あの、わたし――」
「混乱させたかな。今すぐ返事してくれなくてもいいんだ。もし俺と一緒に行くのが嫌じゃなかったら、いつでもいいから、連絡くれないかな?」
今に、生徒会室の外から、じゃじゃーん! ドッキリでした!、とネタばらしの集団が入ってくるのではないかと身構える。しかしその気配はまったく無い。
一切からかいを含まない会長の言葉に圧倒され、わたしは壊れた人形みたいに、何度も小刻みに頷いた。急がなくていいからね、と言い残して、会長が部屋から出ていく。
わたしはその場に釘付けにされたように、椅子から立ち上がれない。わたしの脳は熱さでゆだってしまったのだろうか。この熱気に当てられて、自分に都合のよい幻でも見ているのだろうか。
窓の外ではわたしの心情を映したかのように、熱せられた空気がゆらゆらと揺れている。
これがぜんぶ夢でも驚きはしない。その方が遥かに自然に思える。けれど、はっきり分かるこの胸の高鳴りは、確かにわたしのものだ。
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