会長に会うため、生徒会室の扉を開ける。なぜここなのか、根拠はない。わたしの野生の勘だ。ただ、その勘はよく当たる。
 生徒会室は普通の教室の半分くらいの広さで、背の高い棚には議事録や広報誌がぎっしり詰められている。部屋の中央には長机が4つ、大きな平面になるよう置かれていて、会長が一人机に向かい、何ごとかノートに書き付けていた。
 わたしと先輩3人がぞろぞろと入ってくるのを見て、会長は目を丸くする。
 ここに来た趣旨をわたしが手短に説明すると、会長は笑みを潜め、難しい顔をした。居心地の悪い沈黙のあと、会長が重い口を開く。

「……それじゃあ君たちは、俺が篠村さんと話すのを苦痛に思ってるって、そう言ったのか?」

 会長が同級生たちの顔を順ぐりに見回す。口調は穏やかだが、声音にはしっかりとした凄みがある。それに目つきが全然笑ってない。ああ、怒っているのだ、と分かる。
 見たことのない会長の様子に、先輩たちは凍りついていた。

「自分の気持ちを、勝手に解釈されるのは好きじゃない。そういうことは、もうしないでほしい。――分かってもらえたら、出ていってくれないかな」

 静かな語り口の中に、抑えた怒気が滲んでいる。三人はこくこくと頷くと、蜘蛛の子を散らすごとく、あっという間に部屋から出ていった。
 会長が、長い溜め息を吐きながら椅子に深々ともたれかかる。わたしも出ていくべきなのか迷ったが、なんとなくこのまま会長を一人にするのも気が引けて、足が動かない。そのうち彼が、突っ立っているわたしを見上げた。泣きたいのに無理やり笑っている、そんな苦しい顔だった。

「はは……久しぶりに怒ったら疲れたよ」
「会長、すみません。わたしのせいで、あの人たちに嫌われたかも……」

 会長がううん、と首を横に振りながら、自分の横の椅子を引き出す。座るのを促される理由を考える前に、体が勝手に動いてそこに収まる。

「別にいいんだ、篠村さんは気にしないで。元はと言えば向こうの責任なんだし。でも、良かった。彼女たちに言われて、篠村さんが俺と話すのをやめなくて」
「え」
「もしそうなってたら、きっと悲しかったと思う」

 至近距離から、会長に見つめられる。こんなに近くで、目線を合わせて、向き合ったのは初めてだった。全身が強張って、自然な動作ができなくなる。あれ、どうしよう。呼吸って、どうすればできるんだっけ。
 今までにない覇気の欠けた調子で、ぽつぽつと彼が喋りだす。

「みんな、俺と仲良くしようともしてくれないのに、勝手にイメージを作り上げて、俺の気持ちを決めつけるんだ。そういうのは慣れてるつもりだけど……でも実際、凹むよ」

 完璧な超人であるはずの彼の弱みを見た気がして、心臓が締めつけられた。篝火に群がる虫たちのように、負った傷にどうしようもなく惹かれるのはなぜだろう。

「それはきっと、みんな会長に憧れてるからですよ。会長がかっこよすぎて、近寄れないんじゃないですか」
「俺はそんなんじゃない。憧れるのに相応しい男じゃないよ」

 首を弱々しく振って、会長は寂しげに笑う。

「俺だって馬鹿なこと言ったりしてさ、みんなでふざけたいんだけど……みんな俺のこと一歩ひいて見てるっていうか、腫れ物を扱うような態度っていうか。何なんだろうな。誰かと腹を割って話したこともそんなに無いし、女友達全然いないんだよ俺」

 意外だ、すごく。クラス中の、いや学年中の女子と友達だと明かされても驚かないのに。
 彼が膝をこちらに向ける。膝同士がくっつきそうな距離。息づかいさえ聞こえそうな距離。

「君は他の女の子と違うね。自分から踏み込んできてくれるっていうか……なんだか、すごく新鮮だ」

 真摯な眼差しがじっと注がれる。
 会長の瞳はすごく綺麗だった。
 わたしは恥ずかしくなって俯く。自分の顔があまり可愛くないことは自分が誰より知っている。こんなかっこいい人の視界に映ってごめんなさい。ああ、どうせならもっと美人に生まれてきたかった。いたたまれない。慣れない雰囲気になってきた。
 この空気をなんとかしたい。
- 4/13 -

back


(C)Spur Spiegel


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -