それから会長は、特に理由がなくてもわたしに話しかけてくれるようになった。お前の服装を見てるぞ、ちゃんとした格好しろよ、という監視の意味なのかもしれない。それでもわたしは会長と話せてとても嬉しかった。
 夏休みに入ったら会長とはしばらく会えないんだなあ、寂しいなあ、と考えながら、会議室をようやく後にする。ドアの外では、なぜか待ち構えるみたいに、3人の女子生徒がひそひそ話をしていた。胸元のリボンの色は全員青。つまり二年生。つまり会長と同学年。
 内緒話はわたしの出現と同時にぱたりと止む。わたしの噂でもしていたのだろうか。ふうん、陰口ね。感じ悪。
 そのまま通りすぎようとも思ったのだけれど、向かって左に立っている人の鞄に、見覚えのあるものがぶら下がっていて、はたと立ち止まる。
 先刻見たばかりの、ピンク色のパスケース。資料を掠めていく、鞄の残像が蘇る。
 なるほど、と得心した。わざとだったんだ。あれは嫌がらせだったんだ。途端にふつふつと怒りが湧いてくる。わたしはそういう、こそこそしたことが大っ嫌いだ。
 わたしは3人の真正面に立ち、ぐるりと全員を睨みつけた。上級生が、少々気圧された風に見つめ返してくる。3人とも、凝った髪型をしていて、うっすら化粧気がある。外見を綺麗に見せるのが得意で、自分の容姿が他人より優れていると知っている人たちだ。
 外見が良ければ悪口だって許されるとでも思ってるわけ? 冗談じゃない。

「あのー、何か言いたいことがあるなら、わたしに直接言ったらどうですか?」

 言い放つと、左右の二人は腰が引けたのか、不安げな様子で真ん中の人を見た。彼女がリーダー格ということだろう。眉がきりりとしていて、吊り目ぎみの眼はアイシャドウとマスカラで縁取られている。見るからに気が強そうだ。
 彼女が腕を組み、臨戦態勢になる。敵を迎え撃つ騎馬武者さながらに。

「それじゃ言わせてもらうけど。一年の篠村さん、よね。もう九条くんと話すのやめてくれないかしら」

 やはり、会長の名前が出てきたか。にしても高飛車な言い方だ。むっとして言い返す。

「どうしてですか?」
「あのね、九条くんはあなたと話すのに疲れてるの。あなたみたいにがさつで、可愛くもない女子と話してるのが苦痛なのよ」
「……それ、会長が言ってたんですか?」
「そうじゃないけど、少し考えれば分かるでしょ。九条くんは優しいから、そういうこと言わないだけ」

 わたしの心に言葉という矢が刺さる。ダメージはゼロではない。悔しいけど、彼女の言葉はもっともだ。でも、どうして何の関係もない先輩に、会長との関係をぶった切られなければいけないのか。
 そりゃ、会長に好意を持っていないわけじゃないし、話せれば嬉しい。けど、それだけだ。進展なんて望んでない。それとも、わたしみたいな人間には、会長と話すことさえ許されないのか。会長本人に言われたなら受け入れるしかないけど、こんな陰湿な人たちの忠告に、聞き分けよくほいほい従うなんてわたしにはできない。したくない。絶対に。

「会長が言ってたならやめますけど。なんでそれを他人に言われなきゃいけないんですか?」

 わたしたちは睨み合う。陸の源氏と沖の平家に分かれたみたいに。
 たぶん1分にも満たない時間だったけれど、途方もなく長く感じられた。相手は引く様子がない。わたしは軽く息を吐き、分かりました、と呟く。3人が色めきたつのを、声をあげて制止する。
 
「じゃあ、これから会長に聞きに行きましょう。一緒に」
「……え?」

 3人が揃って、きょとんとした表情になる。
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