「あれー、茅ヶ崎くんと太田っちが一緒に勉強してる!」

 放課後、自分たちの教室で、俺と太田は試験勉強を始めた。
 俺ら以外には、3人で勉強している女子グループが一組。そちらからは時おり静かな談笑が聞こえる。うるさくもなく、静かすぎもしない。これなら同じ部屋で、俺たちが少し喋りながら勉強していても大丈夫だろう。
 机をふたつくっつけ、上に必要なテキストや参考書を並べる。その脇に太田が、いくつか紙箱をぽんぽんと置く。

「購買でおやつ買ったから、適当に食べて」

 パッケージを順に見る。最後までチョコたっぷりのやつと、たけのこの形をしたやつと、コアラの行進のやつだ。見事にすべて小麦粉とチョコレートの組み合わせ。この暑い時期に。

「俺、甘いの駄目なんだよな、きのこなら食えるんだけど」
「茅ヶ崎はきのこ派かー。じゃ、次はきのこかしょっぱいのにするわ。購買に煎餅とかあったかな」

 太田は楽しげだ。次があるのか、と俺はうっすら感慨深く思う。
 こういうの、なんか高校生っぽいな、と考えていると、教室のドアがスライドする音に続いて女子の声がした。
 出入口に背を向けていた俺は、振り返って確認する。姿勢のいい二人の女子生徒が俺たちを見ている。ショートカットに茶色い眼鏡の女子と、長髪をなんだかややこしい形に編み込んだ女子。たぶん、同じクラスの生徒だが、確証はない。太田を太田っちと呼んだのは、先に入ってきた短髪女子らしい。
 太田が茶化すように言う。

「どうしたよ、天然コンビ」
「太田っち、天然の意味知ってる? ちゃんと辞書引いてみた?」
「その発言が既に天然なんだよな」

 二人は太田の知り合いのようだ。俺はこういう、一緒にいる奴に友達が現れるという状況に弱い。どうすればよいのか戸惑い、何もできなくなってしまう。
 近寄ってきた編み込み女子が口先を尖らせる。

「太田くん、茅ヶ崎くんに数学教えてもらってるの? ずるーい」
「茅ヶ崎くん、後で太田っちにアイスでも奢ってもらわなきゃ駄目だよ! 学校近くのジェラート屋さんとかで! できればダブルで!」
「いや……俺は……」
「私はピスタチオとチョコがいいなー」
「あたしはイチゴとオレンジかな」
「お前らふざけんな。勉強の邪魔なんだよ、帰れ」

 太田はしっしっと追い払うしぐさをするが、その顔には笑みがある。本気で言っているわけではないのが分かる。女子とは親しい間柄のようだ。
 その発言には無論従わず、短髪女子が身を乗り出す。

「私たちも茅ヶ崎くんに数学教わりたい!」
「は? 何言ってんだよ、迷惑だろ。なあ茅ヶ崎?」

 女子が積極的に関わろうとしてくることに面食らっていた俺は、太田に振られた話ではっとする。正直、一人に教えるのでも三人に教えるのでも、労力としてはそれほど変わらない気がする。
 俺はいいけど、と返答すると、女子二人がやったーと声をあげてさっそく机を移動させ始めた。
 二人が四人になる。俺は太田と、女子は女子同士で向かい合う。みんなの数学を見てやりつつ、文系科目を中心に、授業でポイントと言われたところを教えてもらう。授業を抜けることが多かったため、ありがたい。

「悪いな、茅ヶ崎。こいつらが急にお願いしてさ」
「いや、いいよ。つうかみんな仲いいな」
「あたしたち、部活が一緒なんだよね」
「そうそう、弓道部」

 なるほどと俺は納得した。それでみんな姿勢がいいわけか。

「弓道部って、冬とか大変そうだよな。寒そう」
「おー、大変だぞ。俺、中学ん時も弓道部だったけど、ありえねえよ。半分外みたいなとこでやってたから、極寒。死ねる」
「ありえねえのに、高校でも続けてんのかよ」

 太田の言葉に、つい声を出して笑う。
 その拍子に、3人がしんと静まり返った。
 俺のなかにまた動揺が戻ってくる。なんだ、この沈黙。今、笑っちゃいけないとこだったのか?
 どぎまぎしていると、斜め前に座る短髪眼鏡女子が、

「茅ヶ崎くんも、笑うんだねえ」

 としみじみと呟いた。
 なんだ、そりゃ。

「まあ、俺も人間だから……笑うときは笑うけどな」
「ばかお前、どうして平気でそういうこと言うんだよ。ごめんな茅ヶ崎、こいつ天然でさ」
「別に、気にしてねーよ」
「茅ヶ崎は優しいな」
「でも茅ヶ崎くんて、喋るとけっこう普通だよね。私ももっと怖い人かと思ってた」
「お前らなあ……」

 隣の編み込み女子が笑いとともに発した言葉に、太田が額を押さえる。こいつは割と苦労性のようだ。
 俺はほっと、息をつく。
 
「普通って言われると、なんか安心する」

 それは、偽らざる本心だった。
 これまでさんざん、周りから変わってると言われ続けてきた。自分でもそうだ、俺は変わり者なんだ、と思いこんできた。
 自分は他人とは違う。
 マジョリティの一員にはなれない。
 俺の内側にはいつも、疎外感や孤独感、孤立感といったものが、通奏低音のようにずっと流れていた。
 俺はいつでも、普通の人間になりたかったのだ。
 
「……やっぱり、変わってる」

 女子二人が顔を見合わせて笑うが、その笑い方には後ろ暗いところは何もなくて、親密ともいえる温かさに満ちていた。
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