二人並んで昇降口を抜け、廊下に達すると、生徒会役員の面々がずらりと勢ぞろいしていた。
 模範的に着こなされた制服の列。
 なかなか壮観な眺めだ。朝の挨拶運動とかいうのが始まったのだろうか。強制的に挨拶を強要されるのは、あまり気分のよいものではない。
 その列の先頭に立つ男子生徒を、俺は知っている。まあ、この高校の人間は誰でも知っているだろうが。
 生徒会長の九条悟。未咲が好きな相手。
 相変わらず一分の隙もない佇まいに、文句のつけようがないパーフェクトな微笑みをうかべている。彼自身が空気清浄機なのではないかと疑うほど、周りの空気が澄んで見える。なんて輝かしいオーラなんだ。目が焼けそうだ。
 俺は気づかれぬうちに横をすり抜けようとした。が、悟は目ざとく俺を見つける。

「おはよう、茅ヶ崎くん。久しぶりだね」
「……おはようございます」
「バスケ部の話、あれからどうだろう? 今は部活休みだけど、いつでも見学に来てくれていいからね」
「はあ……」
「じゃあ、今日も頑張ろうね」

 清涼な初夏の風に似た笑みが俺に向けられる。うぐぐと歯の奥で唸りつつなんとか頷きを返す。脳裏に、日光にやられて昇天するモグラの図がちらつく。なんという情けない体たらくだ。
 横にいる太田が、そんな俺を目を丸くして見ていた。

「すげーな茅ヶ崎、生徒会長と知り合いなのかよ」
「……別に、俺が悪名高いだけだろ」

 そういう事情でもないのだが、俺は投げやりに答える。太田が口の端っこでちょっと笑う。
 教室にたどり着くまで他愛もない話をする。俺のなかの混乱と動揺はいつしかほどけていた。太田は普通にいい奴だった。
 
「そういえば、茅ヶ崎は試験勉強進んでる?」
「……まあまあかな」

 不意に、痛いところを突かれる。期末試験まであと二週間を切っている。実際は心のもやもやに阻まれてちっとも進んでなんかいないが、正直に言うのは憚(はばか)られた。
 突如として太田が、ぱんっ、と乾いた音をさせて両手を合わせる。え、何、と俺は軽く驚く。

「お願いがあるんだけどさ。良かったら数学、教えてくれないかな? 俺、数学すげー苦手で」

 唐突に切り出された頼みに、つい足の歩みが止まる。予想外ではあったが、嫌な気持ちはなかった。むしろ、
 ――俺でいいのかよ? 
 その思いが胸に広がる。
 咄嗟に反応できないでいると、太田はばつが悪そうに眉尻を下げた。

「悪い、駄目だったらいいんだ。いきなり無理言ってごめんな」
「いや……別に、俺はいいけど」
「マジで!?ありがとう!」

 ぼそぼそという俺の返事に、太田の表情がぱっと明るくなる。下がった眉が跳ね上がる。なぜそんなに嬉しそうなのか。
 自分の口が放つのは弁解じみた言葉だ。

「でも俺、あんま人に教えたことねーし、うまく説明できねえかも……」
「いや、茅ヶ崎が教えてくれるってだけで充分だよ! 俺も、現文か社会系ならちょっと得意だから、一緒にテス勉しようぜ。今日の放課後とかどう?」

 急展開に頭が着いていかない。かろうじてこくりと首を縦に振る。
 太田はほくほくした顔だ。自分の言葉でこんなに誰かの表情がプラスに転じた例なんて、最近ではちょっと記憶にない。

「良かったー。マジ嬉しいわ」
「喜ぶのはまだ早ぇだろ」
「確かに」

 太田が今度はぷっと噴き出した。
 やべ、ホームルーム始まる、と急ぐ周りの声に我に返り、俺たちは教室への移動を再開させた。
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