浅い微睡みの中で、銀色の夢を見る。
 懐かしくなるような、悲しくなるような、切なくなるような、そんな夢だ。とろとろとたゆたうあたたかな光を浴びて、いまや届かないものへ向かって手を伸ばした。きっと指の先には、あの人がいたのだろう。
 桐原は僅かに呻いた。目覚まし時計がけたたましく鳴っている。意識が夢の底から現実へと引き上げられる。起きねば。カーテンのあいだから射し込む朝陽が、室温を上昇させているのが分かる。
 桐原はおや、と思った。覚醒に近づいた思考は、息苦しさを感じている。なぜ息苦しいのだろう。原因は。
 目を開く。
 開(ひら)けた視界にまず映ったのは、至近距離に迫った安らかなヴェルナーの寝顔だった。

「うわああああああ!」

 瞬間的にベッドの上のでかい図体を突き飛ばす。ヴェルナーの体は綺麗に一回転した後、どすっ、という鈍い音とともにカーペットへと投げ出された。

「あだっ! ……え、ちょ、何……え、朝? 今何時……?」
「6時だ」
「ええー……あと5時間寝かせて……」
「そこで寝るな! それより、なぜ貴様がベッドで寝ているんだ! それに何なんだその格好は!」
「あーうるさ……やめてよ朝から……俺別にいつも寝るときこの格好だし……」

 桐原は冷や汗をかきながら言い咎めた。ヴェルナーは上半身だけのろのろと起こし、むにゃむにゃと目をこすっている。その身に纏われているのは、下着だけだった。
 パンツ一丁の大男。
 こんな人間と一晩同衾(どうきん)していたなど、想像しただけで身の毛がよだつ。道理で息苦しいわけだ。
 大きすぎた衝撃はほぼ恐怖に等しく、桐原の顎が震えて奥歯がかちかちと音をたてる。

「な――なぜよりにもよって貴様と寝床を共にしないといかんのだ?」
「いや……俺だってどうせなら可愛い女の子と一緒に寝たいよ……二の腕とかふにふにしたりしたいよ……」
「貴様の願望など知ったことか! だったらなぜ私の横に潜り込んだりしたんだ」

 ヴェルナーの眉間に皺が寄る。目はまだ開かない。

「あのさ、客人を床で寝させようとするなんて酷いと思わない? 錦には人の心が無いの? 人でなしなの? 鬼なの?」
「貴様らを客人として招いた覚えは無いが?」
「はあ……錦はもっと俺に優しくすべきだと思うよ。世界のどこの大統領もそう言うと思うよ」
「……。そこまで言うならもういい、明日から私が床で寝る」
「えっ……そんなこと言われたら俺の無けなしの良心が痛むじゃん……」
「自分で無けなしとか言うんじゃないこのたわけ」

 ヴェルナーは寝ぼけ眼(まなこ)のまま、半分夢の世界にいるようだ。
 桐原はベッドから降り、ヴェルナーの前に立つ。そのぼんやりとした顔を見下ろして、つくづく眺める。
 この男の意表を突いてやるのも悪くないか、と思案を巡らせてみる。既に心は決まっているのだ。
 桐原は出し抜けにヴェルナーの額を鷲掴みにして、無理に上を向かせ、

「おい」
「やだ……乱暴はやめて……優しくしてってば……」
「昨日の話、受けてやってもいいぞ」

 そう言い放った。
 昨晩、ベッドの上で、暗い天井を見上げているうち、意志は固まった。自分の気持ちと、茅ヶ崎龍介の身の安全、双方を天秤にかければどちらに傾くか、決まりきっていたことなのだ。決断を阻んでいたのは、ただ自分の臆病さだけだった。
 手を放して、ヴェルナーの表情の変化を見る。瞑目したままのしかめっ面から、何か問いたげな半目になり、やがて目の焦点が合ってくる。表情が二転三転し、最終的に顔全体が驚きの色に染まった。

「え! いいのか?」
「二度は言わん」
「そっかぁ、嬉しいよ。お前が戻ってきてくれるなんて――」
「ただし、条件がある」

 食い気味に言葉を返すと、ぎらっと光るような笑みが跳ね返ってくる。
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