「解せんな。なぜそう嘘を吐く」

 桐原は低く呟いた。
 その言葉で、ヴェルナーの笑顔がやや不穏な雰囲気になる。赤い眸に物騒な光が宿る。

「ふーん……? 俺の言ったことの何が嘘だって?」

 ヴェルナーが意地汚くとぼけ、挑むような視線を投げかけてくる。桐原は真っ向からその視線を受け止めて、睨み返す。

「色々不可解なことはあるが……まずはそうだな、貴様は今茅ヶ崎龍介の"護衛"と言った。しかし影の体質から見て、それはあり得ない」
「ほう?」

 憎々しい思いを込めて、ヴェルナーをねめつける。
 頭を回転させ、言葉を組み上げてゆく。

「影と罪の立場から考えれば分かることだ。罪から見れば、茅ヶ崎は後々(のちのち)脅威になり得る存在だ。だから、脅威の芽を摘むという意味で、今茅ヶ崎を殺すことは罪にとってプラスになる。しかし影にとって、今の茅ヶ崎の存在はプラスにもマイナスにもなっていない。現状、彼はただの一般人にすぎないからな。だから茅ヶ崎を失うことが、影にマイナスにはたらくとは考えられない。むしろ、護衛に人員を割けば、そのぶん人手が減って逆にマイナスだ。そうだろう?」

 ヴェルナーは笑顔を崩さない。桐原はそれを、先を促しているととった。

「……影の主な目的はあくまで、罪の監視――最終的には根絶だ。一般人の護衛はそもそも議論すべき問題ではない。それどころか、罪の連中を根絶やしにできるなら、一般人が何人死のうが構わない、それが影の基本的な考えだったはずだ」
「乱暴な言い方だな。"最大多数の幸福のために行動する"って言えよ」
「同じ意味だろう」

 言葉をぴしゃりと叩きつけると、ヴェルナーは苦笑いして肩をすくめた。

「影は狙われている一般人一人ひとりに護衛をつけるほど暇ではないはずだ。影のお偉いさんからの命令は"護衛"ではなく、"監視"がいいところだろう。貴様らは護衛などではなく、罪が"茅ヶ崎龍介に何をするか"を監視しにきただけなのではないか? もし罪の奴らが茅ヶ崎を襲うのなら、それをただ見届けるつもりでいる。違うかね」
 「なるほど。それで言いたいことは終わりかな?」

 桐原の追及にも、飄々とした笑いだけが返ってくる。
 いや、と否定して、続けた。
 
「貴様らの目的が監視だとすると、ヴェルナー……貴様がここに来た意味自体が疑わしくなってくる。ハンス君はいつも偵察役をしていると言ったな。目的が監視だけなら、ハンス君がいれば十分なはずだ。何もドイツから貴様が来る必要性はどこにもない。貴様の本業は"殺し"だからな。貴様がいなくとも監視の目的は果たせるとすると、貴様がここにいる意図は別にある、という結論になる」
「お前の考えてることは分かったよ。で、結局何が言いたいの?」
「……貴様の目的は何だ。なぜここにいる。何を企んでいる?」

 胸の内の疑念を全てぶつけた。ヴェルナーの瞳の奥を注視する。何らかの意志が読み取れるのではと思ったが、そこには底の知れない深淵があるだけだった。
 ヴェルナーが目を伏せる。何かを噛みしめるがごとく瞼をぎゅっと閉じ、

「企んでるなんて、人聞きの悪い言い方はよしてくれよ。まあ、そうだな……どうせいずれは伝えることだったし、全部話すよ」

 数瞬ののちに瞼が開くと、毒気が抜けたような、さっぱりとした目付きになっていた。その双眸が、真っ直ぐ桐原を捉える。

「俺の目的はお前だよ。錦」
「……?」
「もう一度こっちへ来ないか。それを伝えに来た」
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