三人ぶんの夕食をテーブルに並べる。
 白米、味噌汁、昨日作った煮物、ほうれん草のおひたし、買い置きの釜揚げしらす。手抜きもいいところだ。
 桐原のエプロン姿を目にしたヴェルナーが、可笑しいのを堪えているような変な表情を浮かべ、体をぷるぷる震わせた。

「何だその顔は」
「だ、だって、ぷぷ……っ、エプロンて……お前がエプロンて……」
「訳の分からんことで笑ってないで、早く食べたらどうなんだ? 」
「ぷ……、はいはい、分かりましたよ食べますよ」
「お二人は仲がいいんですねえ」

 ハンスが間延びした声を漏らす。
 桐原がテーブルに就くと、ヴェルナーは器用に箸を繰って食事を始めた。対するハンスは念のために出しておいたスプーンを使っている。むしろハンスの姿の方が自然なのかもしれない。ヴェルナーが箸の持ち方を知っていることに、桐原は少し驚いた。

「箸が使えるのか」
「うん。俺、和食が好きでさ。ドイツの日本料理屋にもけっこう行くんだ。知らなかったろ?」
「ああ。初耳だ」
「だから任務で日本に行くことが決まって嬉しかったぜ。お前にも会えるしな」
「下らん」
「おいおい、照れ隠しかい?」
「その腐った目にこの箸を突き刺してやろうか?」
「お二人は仲がいいんですねえ」

 どこをどう見たらそう見えるのだ。
 ハンスが白い小魚をスプーンですくって、まじまじとそれを見つめ、不思議そうな顔をする。その様子を眺めているうちに、先ほどの既視感の正体にはたと気がついた。

「……そういえば、ハンス君。私は君を知っていた」

 唐突な物言いに驚いたのだろう、ハンスが青い目をしばたかせる。

「え? どこかでお会いしましたか」
「いや、私が一方的に見たことがあるんだ。ヴェルが昔、君の写真を持っていてな」

 それも8年前のことだ。ヴェルが弟子だと言って、ハンスの写真を見せてくれたことを漸(ようや)く思い出した。
 といっても、そこに写っているハンスは、年端もいかない無邪気な少年だったが。見た目の雰囲気が違いすぎて、すぐには分からなかったのだ。
 ハンスは横に座っている自らの師匠に、じっとりとした視線を送る。

「写真って何ですか、ヴェルナーさん。どういうことですか」
「まあ、いいじゃねえか。何でも」

 ヴェルナーは目を逸らしている。

「僕、聞いてないですよ。写真なんて持っていってたんですか」
「まあ、いいじゃねえか。それより飯食えよ」

 どうやらこの話題は地雷だったらしい。
 桐原は食事中、二人の奇妙な来訪者を観察した。どうも二人のあいだには、微妙な空気が流れているようだ。
 ヴェルナーはハンスの暴言を軽業師(かるわざし)のように受け流しながら、それでいてどこか弟子に遠慮しているような節がある。ハンスはハンスで、師匠に向ける軽蔑の視線には、時おり羨望や嫉妬が混じった。
 どんな事情があるのか知らないが、典型的な師弟関係には到底見えない。二人の関係にはどうも確執がありそうだった。
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