お昼休み。
家から持ってきたお弁当の包みを開く。一応自分で詰めたものだが、作ったものはほとんど無い。冷蔵庫から出して、そのまま弁当箱に入れれば食べられるおかずに頼りきっている。何度となく食べたことのあるミートボールを口に運ぶ。言うまでもなく味気ない。
何気なさを装って隣の席を見やる。桐原先生のお弁当は今日も彩り豊かだ。出来合いのものなど入っていないのが一目で分かる。私の貧相なお弁当とは雲泥の差だ。今日のメインのおかずは鮭だろうか。煮物の中のれんこんは飾り切りさえしてある。いつも通り、美味しそう。
新学期の初めは、嗚呼、愛妻弁当か……と落ち込んだものだが、先生自身が作っている、と彼の口から聞いたのだ。茅ヶ崎くんとの会話の中で確かにそう言っていたのを、私はばっちり聞いていた。別に盗み聞きしていたのではない。自然と耳に入ってきたのだ。少し、聞き耳は立てていたかもしれないけど。
桐原先生、一体何時に起きてるんだろう。先生が手際よく料理をしているところを想像して、私はほーっと熱のこもったため息をついた。その背中を見てみたいなあ。あわよくば、先生の手料理を食べてみたいなあ。
いやいや、妄想はやめよう、とぶんぶん首を振って食事を再開しようとしたら、箸がない。
え、あれ、と思っているところに、
「水城先生、箸が落ちましたよ」
横から桐原先生が私の箸を差し出してきてくれた。いつの間にか落ちていたらしい。食べながら箸を取り落として気づかないなんて大丈夫か私。人として大丈夫か私。
「すみません、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて受け取ろうとしたら、なぜか桐原先生がじっと見つめてくる。その鋭い眼光は、ドラマでよく見る取調室の刑事を連想させた。何なに、なんだろうこの状況。私は隠し事なんかしてません! 先生への想いは隠してますが!
ぽかんとしたまま馬鹿みたいに先生を見上げ続ける。脳内は混乱の極みにある。
両目を僅かに細めてから、桐原先生が口を開いた。
「ぼうっとされているようですが、具合が悪いのではありませんか」
私は、へ?と言ってしまった。我ながら可愛げがない。
あの、すみません、妄想していただけです。
というよりも。桐原先生は私のことを心配してくれているのだ。そのことに気づいて、急にどぎまぎしてしまう。
先生が眉根を寄せる。
「顔も少し赤いようですし。大丈夫ですか」
それは、あなたのせいです、桐原先生。
「ね、念のため、保健室で熱計ってきます〜!」
先生の視線にいたたまれなくなった私は、職員室を飛び出した。
保健室で体温計を借り、体温を計る。36度5分。すごく平熱だ。そりゃそうだ。
職員室に戻ると、気遣わしげな表情の桐原先生に、大丈夫でしたか、と尋ねられた。はい、全然大丈夫でした、と返事をする。
桐原先生は一見冷たそうに見えるが、他人に対しては意外と世話焼きというか、心配性である。不思議な人だ。
洗ってきた箸で何の感慨もない食事を再開し、食べ終える頃、約束どおり未咲さんがやってきた。
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