以下の会話の録音は、セルジュ・アントネスクとドミトリー・ウリヤノフのものである。

「やあミーチャ。仕事の首尾はどうだい」
「目覚ましい成果を得ているわけではありませんが、瑕疵(かし)もありません」
「そうか、よし……。その後あの件はどうなっているかな、"英雄"の件は? 向こうさんはどの程度把握しているんだろう」
「まだ部下が探っている段階ですが、上層部まで情報が伝わっている前提で、引き続き行動した方がよいでしょう」
「そうだな。密告者の存在はないと考えていいな?」
「ええ、報告書にあったように、影の元隊員への場当たり的な接触から判明したものかと」
「うむ、それでは今後も頼むぞ。じいさんからもよろしくと言われている」
「分かっていますよ。ただ苦言を言わせてもらいますが、僕自身が知らない対象を部下に探らせるというのは、なかなか厳しいものがありますよ」
「そう言うな。機密事項だからな」
「こういう綱渡りのような仕事は骨が折れます。またヴェルナー君が余計なことをしなければいいのですが。以前も我々の仕事を台無しにしてくれたことがありましたから」
「ははは、同年代の友人が恋しいか?」
「……ご冗談を。手綱はちゃんと持っておいてもらわないと困ります。いい機会だから言わせて頂きますけど、あなたがなぜ彼を信頼しているのか、理解に苦しみますね。彼を自由にさせておくなんて、組織の和を乱すだけです。僕ならばすみやかに取り除きます。ハンス君だって、兄弟子(あにでし)というだけで何もあんな男の下についていることもないでしょうに。僕のところに来てくれたら、もっと能力を活かすことができる」
「ミーチャ、お前の言うことも分からんではないがな。組織ってのは、一枚岩なら良いってわけじゃないんだ。色んな考えの奴がいることが、不測の事態への対応に繋がっている。ま、ここは執行部と諜報部の考え方の違いかな。ハンス君のことだって、我々としても意図があってああしている。考えなしじゃあない」
「……あなたが個人的にヴェルナー君を気に入っているから、という理由もあるんじゃないですか」
「はは、まあ、それも確かにある。ああいう利かん坊が手柄を立てると、暴れ犬が難しい芸当を覚えたみたいで嬉しくなるからな」
「……犬に例えられることに関しては、彼に少し同情しますよ」
「どうして? 俺は犬は好きだぞ?」
「はあ……」
「おっと、そろそろタイムリミットだ。これからじいさんのところにご機嫌伺いに行かにゃならん。また連絡するよ」
「ええ。奥さんともいい時間が過ごせますよう」
「ああ、ありがとう。それじゃ、また」
「それでは」

 以上の録音はオフラインでなされ、録音終了から六時間後、二人の会話は設定通り端末から完全に削除された。

* * * * *

 いつもは自分が寝起きしているベッドの上に、今は衣服を乱れさせた未咲さんが、仰向けに寝転んでいる。両の目はもう潤んでいて、頬は紅潮し、表情が緊張でひどく強張っているのが、電気を消した部屋の中でも分かってしまう。
 そんな彼女を愛おしいと思いながら――短いスカートの中に手を差し入れる。スカートというのは大事なところを隠すには防御力が不足しすぎているように思え、そのあっけなさにいつもどきりとしてしまう。布から漏れ出る未咲さんの太腿の肌はすべすべしていて、はっとするほど白い。未咲さんは身動ぎをするが、嫌がるそぶりは見せない。スパッツと可愛いデザインの下着をするすると取り払ってしまえば、もう彼女と俺のあいだに遮るものは何もない。
 何度も何度も何度も思い描いた手順通りに、未咲さんの体を開いていく。その中心には熱く熟(う)れた部分があって、未咲さんの一番柔らかいところが、俺の固くなったところを深く飲み込んでいく。その快楽と、その陶酔に、脳がスパークしそうになる。
 未咲さんは、痛がるだろうか。きっとそうだろう。おそらく初めてだろうから。
 未咲さんは、泣くだろうか。そうなるかもしれない。でもたぶん、俺はやめない。
 ――俺はどうしようもない人間だから。
 未咲さんの熱にしばらく浸っていると、やがて絶頂の気配が迫り、頭の中が真っ白に弾けて呻き声が漏れた。自分の手で白濁を受け止める。

 そう、何のことはない、俺は一人で自分を慰めていただけだ。

 うまくいかなかった相手を想いながら自慰に耽るなんて、とんでもなく下衆いことをしていると自覚はしている。心底好きだったのだ、なんて言い訳にもならないだろう。他人に知られたら屑だと謗(そし)られて当然だ。学校では意識して優等生の皮を被っているけれど、生身の俺はこんなろくでなしなのだ。憧れのような、きらきらした視線は自分には全然相応しくない。むしろ、そんなに駄目な男だったのねと、呆れられたい。痛烈な言葉を浴びせかけてほしい。
 本当は違うんだ、と教室の真ん中で叫びたい。でも、これまで積み上げてきた自己像が、それを許さない。自分で作り出したイメージに苦しむなんて、滑稽もいいところだ。
 達した直後特有の虚脱に身を沈ませながら、惨めな気分で後始末に取りかかる。


 未咲さんへの想いを吹っ切るように、俺は生徒会長として、文化祭実行委員長として、泡のごとく膨れ上がる諸々の仕事に忙殺されていた。必要な資材の手配から、当日の段取りの打ち合わせ、個々のクラスの準備状況の確認、周辺地域への文化祭ポスターの掲示のお願いまで、よくこんなに仕事が湧いてくるなと呆然とするほどの量を、委員のみんなの力を借りてひとつひとつこなしていく。女子には会長すごいですね、と熱い視線と共に言われるけれど、この立場になった以上やるしかない。それは誰が会長でも同じだと思う。
 打ち合わせで大半が潰れた昼休みの終盤、自販機の列に並んでいると、出し抜けに冷気が頬を襲った。びくりと肩を震わすと、聞き慣れた笑い声がすぐ後ろから響く。振り向くと、コーラの缶を差し出した仁志田(にしだ)が、爬虫類に似た目を細めて佇んでいた。我がバスケ部の主将は相変わらず、親の仇のように髪の毛を逆立たせている。

「これやるよ。みんなのために頑張ってる生徒会長さまに差し入れだ」
「……ありがとう」
「百二十円のところ、まけて百三十円でいいぜ」
「まけてないだろそれ。金取るのかよ」
「冗談だよ冗談」
「はあ……」

 苦笑しつつ、素行のよくない友人から、汗をかいた缶を受け取る。
 優等生じゃない自分を知る唯一の相手が、俺の顔を覗きこんで首を傾げた。

「なんか元気なくね?」
「そう見えるか」
「いつもならもっとスパッと突っ込んでくるだろ」
「……あのさ、今ちょっと話せるか?」

 脈絡なくそう切り出したのに、仁志田は間髪入れずにおう、とからっとした声で答えた。
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