煎茶とトレイに載せて出した煎餅で人心地つきながら、映画の中から抜け出てきたような美人と世間話をする。ふと現状を顧みると、すごいシチュエーションだ。

「これ、苦いし渋いわね。砂糖は入れないの?」
「うーん、こういうものなんです」
「そう。これが日本文化なのね。日本の文化には詳しくないけれど、日本のファッションは好きだわ。妖精みたいに可愛くて」
「じゃあ、今度ショッピングモールとか行ってみませんか? シャーロットさん美人だしスタイル良いし、絶対似合いますよ」

 その話題に食いつくと、逆にシャーロットさんは身を引いた体勢になり、終始涼やかだった頬にほんのり朱が差した。クールな大人の女性から、可憐な少女の表情になる。あれ、すごく可愛い。

「……似合う、かしら。でもやっぱり、見るのが好きなものと、着るのとでは違いがあるし――」
「そんなことないですよ! 私が保証します! ヴェルナーさんも気に入るんじゃないですかね」
「ヴェルナー?」

 シャーロットさんは虚を突かれたように、目をぱちくりさせる。透き通った青がまたたく。

「まあ……あの人は日本の文化が好きらしいけど――どうしてここで彼の名前が出てくるのかしら」
「えっ、と……お二人はその、恋人同士とかではない?」

 問いかけは探るような響きを孕んだ。
 病院での、あの深みのある会話。何もない関係では、あの空気は生まれないと思ったのだ。
 口の端には笑みを残したまま、シャーロットさんの目つきがふと、遠くを見るものに変わる。

「恋人、ね。違うわ。私たちはね、そういうのじゃないの」

 どこか悟ったような、諦念の滲む言い方だった。
 長い睫毛が伏せられ、目元に影が落ちる。憂いを含んだその表情に、とくりと胸が高鳴った。同性なのに、彼女の謎めいた艶っぽさに目を奪われる。

「そう、なんですか」
「ええ。そうよ」

 再度面(おもて)を上げたシャーロットさんはにこりと笑んだけれど、そこにはこれ以上の詮索は寄せ付けない、という堅い壁を感じた。何か事情があるのだろう。私はどうこう言える立場にはない。だから、ぐっと拳を握って思ったことを伝えた。

「私はお二人はお似合いだと思います。美男美女で、画になる二人っていうか!」
「ふふっ。……あなた、いい子ね」

 シャーロットさんは、今回は素の笑顔を見せてくれた。
 お似合いと言えば、と逆にシャーロットさんの方から話題が振られる。

「あなたとミスター桐原はご夫婦なの?」
「ご、ごふっ……!」

 斜め上からの唐突な晴天の霹靂。
 お茶を口に含んでいた私はごふごふと盛大に噎せた。

「あらごめんなさい、違ったかしら」
「あの、いや、夫婦ではなくて……ええと、私は好きだし気持ちも伝えて受け入れてもらえたんですけど……付き合ってるかと言われたらそうではないような……」

 関係を説明するうち、語尾がごにょごにょと小さくなってしまう。そうだ。どうして今日、付き合って下さいとか恋人になって下さいとかまで言わなかったんだ。私は内心で頭を抱える。
 そんな煩悶を見透かしたみたいに、シャーロットさんは包み込むような笑みをつくる。

「仲睦まじい様子だったから、そう思ったの。あなたたちこそお似合いだと思うわ。頑張ってね」
「お似合い、ですか……。ありがとうございます」
「ええ。ちょっと年が離れている気がするけど」
「え? 離れてますかね? 3歳差ですけど――」

 今度は私が目をぱちくりする番だった。シャーロットさんはきょとんとしている。

「3歳差……失礼だけど、あなたおいくつ?」
「今年で27です」

 答えると、シャーロットさんがoh my Godと呟きながら手で顔を覆ったので、だいぶびっくりしてしまう。

「ど、どうかしました?」
「私は26よ……信じられない、年上だったのね……」
「えっ……。なんだか、すみません……」
「謝ることじゃないわ……。でも二十歳そこそこだと思ったから、びっくりして……」
「そんなに幼く見えます……?」

 天を仰いだままのシャーロットさんを前にあせあせしていると、やがて覆った指の下から愉快げな表情が現れた。

「……ふふ。なんだかあなたといると、楽しいわ。こんなに色々な感情を味わったのは久しぶり。こう言ったら緊張感がないけれど、あなたと過ごすのが楽しみになってきたわ」
「そうですか? 私もなんだか、シャーロットさんとは気が合いそうな予感がします」
「よろしくね、レイ」
「よろしくお願いします、シャーロットさん」

 私たちは改めて握手を交わした。シャーロットさんの指はすらりと長くて綺麗で、少しひんやりとした感触にちょっとどきどきした。
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