階下へ戻ると、病室の前にはヴェルナーが背を壁に凭れさせていて、今しがたまで通話していたのか、ちょうど携帯端末を上着の内ポケットにしまったところだった。
「うまくいったみたいだね」
と、にこやかに言葉をかける相手は無論私ではなく、水城先生だ。呼びかけに対し、彼女は表情を綻ばせ、幾分恥じらいを含んだ笑顔をヴェルナーに向ける。
「はい。ヴェルナーさんのおかげで」
「良かった良かった。俺のしたことなんて取るに足らないよ、君の頑張りがすべてだ」
「そんなことはないですよ」
気の知れた二人の様子を見ていると、なぜだか胸の内側がじりじりと焼けるような感じがし、正直面白くなかった。
不意にヴェルナーがこちらへ視線をよこす。
「まあそう妬くなって錦くん。男の嫉妬は犬も食わないぜ」
「嫉妬だと……」
「嫉妬だろ。俺が水城ちゃんと話してるのが気に障ったんなら」
「その呼び方をやめろ」
「ほらね。妬いてるだろ」
にやにやしながら肩を竦めるヴェルナーの向こうで、水城先生が苦笑いを浮かべている。
「ところで、今度は俺がこいつと二人で話をしたいんだ。悪いけど、ちょっと外してくれる?」
ヴェルナーがラフな動作で私の肩に手を回してくる。振り払いたかったが、無念にも怪我がそれを許してくれない。
水城先生はあ、はい、と素直に頷くと、ぱたぱたとスリッパの音をたてながら、廊下の端にある休憩スペースへと遠ざかっていく。
私の肩を抱いたままのヴェルナーと二人、一人用の病室へと足を踏み入れる。扉が閉まるや否や、赤髪の男はぐっと肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「お前はもう逃げられないぜ」
「……何の話だ」
「責任からだよ。彼女に何かあったら、それは全部お前に跳ね返ってくる。それを全部受け止める覚悟はできてるのか?」
「貴様に言われるまでもない」
「そうかい、ならいいんだけどな。今度はヘマするなよ」
「分かっている」
返事の代わりに、ヴェルナーは回していた手で私の肩をぽんぽんと叩いた。少し痛いくらいの勢いで。彼なりの叱咤激励というやつなのだろうか。こいつがそんな奇特なことをするとは思えなかったが。
いくぶん明るい声で、ヴェルナーがもう一度口を開く。
「でも、ちょっと安心したよ。お前、もう枯れちまったのかと思ってたからさ」
「何が……」
「下半身のことだよ。ま、怪我が治ったら頑張りな」
「……」
何をだ、と訊いたら泥沼に陥るのが目に見えていたので、それ以上は尋ねなかった。ヴェルナーのにやけた顔が見つめてくる。投げ飛ばしたい衝動に駆られるが、怪我を負う身ではとても達成できない。自由に動けるようになったら覚えておけよ、と心の内でぼやく。
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