事件があった日から、数日が経過した。十ヶ所近い骨折と何針もの縫合にも関わらず、私は医者が目を見張るほどの回復ぶりを見せ、リハビリに取り組めるほどになっていた。学校には、事故に巻き込まれたという話になっているようだった。
 入院に必要な品は自分が意識を失っている間に誰か――十中八九ハンス君かヴェルナーだろう――が差し入れてくれたため、生活するには困っていない。まだ、病院の関係者以外には顔を会わせていなかった。面会謝絶を貫いているからだ。

「会ってやったらどうかなあ。毎日来てるよ、二人とも」

 人相の悪い、元影の隊医だった胡麻髭の主治医にはそう言われている。しかし、会うわけにはいかなかった。
 どの面下げて会えというのだ。
 私のせいで、水城先生には怖い思いをさせた。取り返しのつかない事態さえ招きかけた。この期に及んで、合わせる顔があるわけもない。
 そんな考えを巡らせながら、くたくたになった美味しさのかけらもない病院食を、修行にでも臨む心持ちで食べ終えたとき、どやどやと慌ただしい足音がした。
 女性看護師の慌てた声がそれに着いてくる。

「あの、面会謝絶と言われているんです――」
「関係あるかよ、どうせあいつの我が儘なんだろ。俺は会うっつったら会うんだよ」

 自分にとっては忌々しくもなじみ深い声。
 ベッドを取り巻くカーテンを無遠慮に開けて姿を見せたのは、案の定ヴェルナーだった。
 うんざりしてそちらを見やると、白い歯列を剥き出しにしてにやりと笑う男と目が合う。

「よう錦。元気そうだな」
「馬鹿を言うな。これのどこが元気なんだ」
「憎まれ口叩けるんだから元気だろうが」
「……面会謝絶と言ってあるはずだが」
「うるせーな、そんなにぴんぴんしてるのに面会謝絶もクソもあるかよ。わざわざお前の情けねえツラ拝みに来てやったんだから、ありがたく思えよな」

 ヴェルナーは恩着せがましくそうのたまう。
 小さく息を吐いて、無遠慮な悪友をじろりと睨んでやった。

「何をしに来た」
「お見舞いだよ、お見舞い。なあ、水城ちゃんさ、毎日見舞いの品持って病院に来てるんだぜ。なんで会ってやらねえんだよ」

 目の前の男が彼女をちゃん付けで呼ぶのが、妙に気に入らなかった。いつの間に自分の知らないところで親しくなったのか、と下唇を噛む。

「……どうしても何もない、会えるはずがないだろう。彼女に合わせる顔がないんだ。私のせいで余計なことに巻き込んだ。怖い思いもさせた。あと少しで取り返しのつかないことになりそうだったんだ。何をどう謝っていいのか分からない」

 そこまで一息に胸の内を明かすと、ヴェルナーが不敵に唇を歪ませる。
 と同時に、シャッと音も高くカーテンが大きく開け放たれた。

「じゃあ、直接それを伝えたらいいだろうが」

 ぎくりと体が震える。露(あらわ)になったそこに、多少申し訳なさそうな顔の水城先生が立っていた。おずおずと私の顔を窺い、

「すみません、来ちゃいました」

 そう、口の端にぎこちない笑みを貼りつけて言う。
 咄嗟に言葉を紡げないでいると、それじゃ二人でごゆっくり、とヴェルナーが暢気(のんき)に言い、ひらひらと手を振って病室を出ていく。

「ちょ、おい、ヴェル……!」

 自由人の背中を恨めしげに見送るが、こんな体では追いかけて引き留めることも叶わない。観念して水城先生と向き合った。彼女は泣きたいような笑いたいような複雑な表情だったが、おそらく自分も似た表情を浮かべていたことだろう。
 水城先生が意を決したように、口元と眉を引き締める。

「あの……桐原先生、ちょっと外にいきませんか?」
「……はい」

 促され、私は観念して身を起こした。
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