ことはなかった。
 金属と金属がぶつかり合う耳障りな音。私は手に持つ槍で、弾丸を弾いたのだ。
 相手には何が起こったのかも分からなかったに違いない。目にも止まらぬ手捌きだったはずだから。自分さえ、己の行為をいちいち自覚していない。ほとんど意識の外、体の反射だけで、この場のすべてを掌握している。

「どうして……」

 山羊が悄然と呟くのへ肉薄する。銃口はもはや私を追ってこない。
 手を離れていた槍がどうして我が手中にあるのか。簡単だ。私はこの槍を、自分が身に付けた黒いものから自在に取り出せる。離れたところからでも、例えば黒いスーツの上着やスラックスを介して、槍に触れられるのだ。浅い水底に槍が沈んでいて、まるで黒い布地が、その水面であるかのように。それがこの槍の持つ、もう一つの力だった。
 今度は投擲ではなく、1メートルほどに大きさを調節した槍を、逆手に持って直接人間へ叩き込む。喉元からどばっと血があふれた。水城先生を返り血から庇うため、背中でそれを受け止める。鉄臭い匂いが鼻腔に満ちた。自分は嗅ぎ慣れた匂いだが、彼女は気分を悪くしてはいないだろうか。
 騒動の音を聞きつけたらしく、背後から残りの二人が現れた。物言わぬ肉塊と化した仲間を見、彼らがどう感じたのかは分からない。憤りか、動揺か。何にせよ、面食らっているうちに、先ほどと同じやり方で一人を床に縫いとめて一気に距離を詰め、もう一人を素早い足払いで転倒させる。
 工場の中を一気に駆け抜けた。
 廊下の先に、出口が見えた。そこで一旦休止し、先生を床に降ろして、話しかける。

「水城先生、目を開けて下さい」
「……終わりました、か?」
「あと一人残っています。が、あなたは先に逃げて下さい」
「え……でも……先生は……?」
「私も後から行きますから。心配しないで」
「分かり、ました」

 こくりと頷いた彼女を送り出して、振り返る。一番立っ端のある、山羊頭がゆらりゆらりと歩み寄ってきていた。
 ここからは1対1だ。
 引き金が引かれ、銃弾を槍身で弾き返す。槍を投擲するが、相手がそれをかわす。またも銃弾を弾き、そのまま腕を振るって相手の拳銃を遠くへ吹っ飛ばした。次で決める、と腰を落とした私の左腿を、弾丸が撃ち抜く。瞬間的な熱さ。貫通した腿の後ろから血が溢れるのが分かる。仲間の銃を拾っていたのか。
 中途半端な姿勢で放った槍は致命傷にならなかった。相手も必死だ。死に物狂いといってよい。動くたびにどんどん血が流れ出ていく。相手の体からも、自分の体からも。腿を撃たれたのはよくなかった。血を失いすぎて、目の前が霞んでくる。だがここで倒れるわけにはいかない。奴らに関わってしまった水城先生を、そのまま野放しにしておくと楽観するのは到底できなかった。
 ここで潰す。なんとしても。
 死線に飛び出していくと、相手は怯んだようだった。懐に取りついて、左肘を食らわせる。バランスを崩した相手に馬乗りになると、衝撃で毛むくじゃらの被り物が外れて、つるりとした顔が露になった。彼はまだ若かった。おそらく私よりも。その心臓目がけて、躊躇なく槍を降り下ろす。目がかっと見開かれ、喘鳴ののちに呼吸が止まって、瞳孔がぐぐっと開いた。
 終わった。
 一度立ち上がるも、激しい目眩に襲われ、私はその場にへたりこんだ。埃と砂と血でまみれた床に、ごろりと身を横たえる。もう、体がぴくりとも動かない。止血を、止血しなければ、と思うのに、指はまったくついてきてくれなかった。
 そのうち、白い靄が思考を覆い始める。臓器がことごとく停止へ向かい始めるのを自覚する。ああ、これが死というものなんだな、とえらく静かな心持ちでそれを迎え入れた。ほのかに温かく、優しく、痛みすら包み込んで、苦痛のない場所へ連れていってくれる。なんだ、これなら死ぬのも悪くないじゃないか。
 ゆっくりと瞑目する。このまま二度と、目覚めることもないのだろう。深々とした、一点の光もない闇へと、全身が沈みこんでゆく。
 じゃり、という足音とともに、馴染み深い声がした。

「あーらら、こりゃまた派手にやったねェ」

 軽薄そうな、男の声。
 意識が途切れる寸前に、体が抱き起こされるのがなんとなく感じられた。頬がぺちぺちと叩かれる。

「おーい、生きてるかー? 死んでたら運んでやらねェぞー」
「う、るさい……黙って運べ……」

 切れ切れに耳朶に届いた最後の声は、確かに己のものだった。
- 10/14 -

back


(C)Spur Spiegel


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -