nearly equal

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初恋

明け方の薄霧に花開く睡蓮のような幻想的な色彩を携えながら波間にたぷたぷと揺れていた金色の海坊主は、こちらの視線に気付いたのか湖畔から遠い深林に向けていた眼差しをゆるりと巡らせてリンを振り返った。

「また来たな、放蕩皇子」
「毎日通う約束だロ。愛しい我が姫の為ならここで暮らしてもいいんダ、俺ハ」
「姫じゃねぇし…人が棲むと水が汚れる、勘弁してくれ」

その人は整った顔をくしゃりとしかめさせながら波打ち際のリンの元へと近付いてくる。リンもまた服が濡れるのも厭わずその人へと歩み寄る。
一歩、二歩、三歩……七歩。リンの膝が水に浸ると、その人はいつも決まってそれ以上は入ってくるなとリンの歩みを止めた。
リンの足を止めると、その人もまた足を止める。距離は五尺、水濡れて白磁のように輝くその人の肌を目前に、届きそうでいて決して触れられない距離を保たれる。

「今日で半年ダ。長いようであっという間だったネ」

懐から李をふたつ取り出し、ひとつをその人に放り投げた。紅い果実は碧い水面に吸い込まれて一瞬消え、静かな湖面に波紋が生まれた。その波紋の中心から、小さな李が生まれ出たように現れる。

初めてその人と出逢ったのもこの湖畔。その頃のリンは物心が付いたばかりの幼子で、その人が何者であるか理解出来ぬままに心引かれた。初めて言葉を交わした日、それよりもっと以前から、その人の姿は今と寸分変わっていない。恋は盲目と言うけれど、リンだってとっくに気付いていた。

恋した相手は人の姿をしているが、人ではないのだ。






立志の歳を迎えた日、生涯自分の傍に在って欲しいとその人に乞うと、その人は黄金色の双眸を揺らめかせて返した。何故傍にと乞うか。

「土に生きる者とは相容れない、お前の指が微かにでも触れればオレの身は腐り、すぐに死ぬだろう。珍しい魚を水槽で飼いたいか?この湖から出しても、オレを生き長らえさせるのは難しい事だ」
「俺は君と共に在りたイ。君に触れたいのは山々だけド、触れれば死んでしまうと言うのなラ、我慢すル」
「ならば毎日早朝、一年続けて逢いに来ればいい」


四季が巡り年が変わるまで飽きもせずにお前が湖畔にやって来たならば、土の民と水の民、相容れない者同士が共に生きる術を教えてやろう。


それから百余日、リンは一日も開けずに湖畔を訪れている。










毎日毎朝、リンは欠かす事なく湖畔を訪れた。領地で取れる季節の果物や花を持ち、僅かな時間を愛しい人と過ごす為に。

「後二月で約束の一年ダ」

ふたりの距離はいつものように五尺。土産の牡丹を放り投げ、浮かれてリンがそう言うと、その人は苦笑しながら水面に落ちた牡丹を掬い上げた。

「君は赤が似合うネ。俺の傍に来てくれた時の用に、緋色の衣装を用意しよウ」
「赤はオレも嫌いじゃない。とびっきり上等なヤツを頼むぜ」

それまではリンの傍に往くつもりなどないとばかりに、その手の話には返事もしなかったその人が、その日はリンの提案に肯定的な返事を返した。湖畔に通い続けて三百日余り、漸く靡いてくれたのかと、リンは顔を綻ばせた。




深夜、早くに床に就いていたリンは背中が酷く疼いて目を覚ました。
あまりの痒みに両手でばりばりと掻き毟ると、硬質した皮膚が剥げて寝間着から落ち、寝台の上にぱりぱり音をたてて散らばる。
剥がれ落ちた皮膚を月明かりに透かして見ると、まるで魚の鱗のようだった。


相容れない者同士が、共に生きる術を教えてやろう。

その人の言葉を思い出し、リンは深々と溜め息を吐いた。






「そろそろ来なくなる頃だと思ってたんだが」

翌朝、いつも通りに湖畔に姿を現したリンを見て、その人は溜め息を吐いた。

「体に変化はないのか」
「昨日、背中の皮が丸々剥けたヨ」
「…安心しろ。まだ完全に変化したわけじゃないから、この水に浸からなければすぐ元に戻る」
「少々痒いけド、だいぶ落ち着いてル。後二月も浸かれば、俺は君に触れられるんダロ?」
「馬鹿だなお前」
「これが君と俺が共にある為の術なラ甘受すル」
「ばぁか、ホントに馬鹿」

口調は突き放すように冷たかったが、黄金色の綺麗な瞳は優しく揺れていた。

「今までの自分じゃなくなるんだぞ。怖くないのか」
「恋は往々にしてそんなもんダロ。俺が変わって君が受け入れてくれるなラ、変化は悪い事ばかりじゃなイ」

貴方色に染めて欲しいの。恋する少女の素振りで頬を染めて見せれば、その人は声を上げて笑った。

「駄目だ、オレは受け入れられない」
「…まず受け入れてみてから判断してヨ」
「…お前に変わって欲しくない。オレが好きになったのは、そのままのお前だから」

そう言って、その人は水面に沈んだ。水を跳ね上げる緋色の尾が朝日を透かして煌めき、リンの目を眩ませる。

……人魚だと、薄々解っていたけれど。




それから何度湖畔を訪れても、その人が姿を現す事はなく、鱗に変化したリンの背中の皮膚も、時が経つうちに柔らかな人の皮膚へと戻ってしまった。


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