【マイルーム計画】4 じりじりと後退ると、ロッカーに背中が当たって行き止まる。エドワードは唯一の出入り口になる扉に視線を移した。ドアノブの上にある回転式の鍵は施錠されていない。エドワードは安堵の溜め息を吐いた。 準備室は内側から施錠する扉だった。教授が休みの時などはここに籠って酒盛りをすることもあるのだと機械科の友人が以前言っていた。完全防音だからどれだけ騒いでも外には漏れないし、機械科の実習室は大概いつも裁断機やらモーター音で喧しいので誰も気にしないのだとも。 「…警戒、してます?もしかして」 エドワードを値踏みするように眺めていたアルフォンスが、肩を揺らして呟く。 どこか甘やかな響きを孕む低音はやはり聞き慣れたそれと同じで、首筋がぞわぞわするような変な感じだった。 「けいかい、なんか」 滅茶苦茶してる。猫だったら逆毛が立つほど警戒してる。エドワードは小さく舌打ちした。 アルフォンスはまた意地悪そうな顔で小さく笑い、エドワードと向き合った体勢のままテーブルの上にあったノートPCを取り上げると、羨ましいほど長い足を軽く組み、片手で軽やかにキーボードを叩く。 軽く伏せられた顔の表情は解らないが、すっと通った鼻筋に引っかかっている眼鏡を時折直す長い指。腰が締まってすらりと細身に見えるのに、胸板はしっかりと鍛えられているみたいで幅がある。そんな体型のせいか、服装は至って普通なのにまるでモデルみたいに華やかな雰囲気を撒き散らして、悔しいくらい、ひとつひとつの動きが様になっている。 アルにも眼鏡をかけさせて、同じ服を着せたらこんな風になるのだろうか。顔は同じだから可能だろうな、と考えていると、アルフォンスがすっと視線を上げてエドワードを見た。 「そんなにソワソワされたら、期待に応えて何かしてあげなきゃいけないような気になります」 「なっ何かってなんだよっ」 「例えば、襲ってあげたり、とか?」 言いながらアルフォンスがエドワードに何かを放って寄越したので、まさか凶器かと一瞬心臓が止まりそうになる。しかし形状からそれがディスクだとすぐに分かったので、エドワードはそれが落下する寸前でキャッチする事ができた。 「なっ…なななななにこれっ」 「ポスペの改造コードです。詳しい説明も一緒に入ってるんで…分からない事があったら質問してください、その都度答えますから」 見ればディスクのケースの中に、携帯のメールアドレスが書かれたメモが入っている。 「…ありがと」 「どういたしまして」 にこりとしてみせたその表情も、愛想笑いだとわかる作り物の笑顔。 でも、そんなに怖い奴じゃないかも。寧ろイイヤツかも…?そう感じたので、先程までの警戒心は何処かにふっ飛んでしまった。 「つうかこれ、いつの間に作ったの?」 「ハボック先輩からメールもらった後、直ぐです。前に作った似たようなものがあったから、少しだけ改造して」 「すげーな…オレ、授業でやったのC++くらいだし、それも怪しいくらいパソコンの事わかんねえから、つまんない事で質問したらごめんな」 「大丈夫ですよ、僕に分かる事なら答えますから」 「サンキュ。後でなんか、お礼させてくれよ」 なんだ、全然いい奴じゃん。 エドワードが思わず笑顔になると、アルフォンスが目を見張った。驚いたような表情でエドワードを見返すので、エドワードもつられて驚いてしまう。 「…はい、楽しみにしてます」 ふんわりと、花が咲き開くような顔で笑った。 無駄に顔がいい上に声まで無駄に良いので、相乗効果かエドワードは酷く動揺してしまった。 はにかむように笑ったアルフォンスの顔は、エドワードのよく知る笑顔。見慣れている笑顔なのに、くすぐったいような、照れ臭いような、不思議な感覚が混じる。 いつもはモニター越しに見るその表情も、距離が近いせいか、やはりデジタルと生身は違うのか――どうにも治まらない鼓動の原因を、エドワードはそう理由付けた。 ←text top |