【万能なんです。】 「メールが来てる筈だ」 『来てないよ』 「嘘だろ!相手が送ったって言ってんのになんで来てないんだよ!」 『エドが間違ったアドレス教えたんじゃないの、とにかく来てないったら来てないんだよ』 使用者の要望に拒否を示すPC、遂に機械の反乱が始まったのだとエドワードは思った。 システムを弄るとかリカバリーしようとかそんな、エドワードの使用するPCに本来搭載されているOSを呼び戻して現在我が物顔でデスクトップとHDを占拠しているアルフォンスの存在を脅かそうとした訳ではない。ただ単に、送られている筈のメールが読みたいと言っただけなのに。 エドワードのPCを占拠したアルフォンスOSはその人工知能が未来に起こりうる環境破壊、人口増加問題なんかを考え、地球を汚染するばかりの人類は粛正するべきと算出。エドワードも気付かないうちにネットを通じて他PCのシステムにも侵入して機械が支配する世界を創るつもりなのだ。SF物でよくある展開。 「ターミネーターかっ!」 『いきなり訳わかんない事言わないでよ、びっくりするじゃない』 思わずひとり突っ込みしてしまった。取りあえず、今後の人類粛正より何より、エドワードは昨日ゼミで知り合った男が教えてくれた某研究所HPで公開しているという化学物質のデータベースを見たいのだ。最新スペクトルデータの誘惑を思っただけで胃が焼けるように焦れた。なのにこのOSは、そのHPのURLとパスワードを送ってくれた男からのメールをエドワードに見せないつもりらしい。 アルフォンスの手によってメールソフトは何処かに隠されてしまった。デスクトップのショートカットもメニュー上からもメールソフトが消えている。削除してしまった訳ではないようだが、アルフォンスにブチブチ言われながら検索してみてもメールソフトは検出されなかった。 「イソプロピルヘキサ塩酸のスペクトル…」 データベースを見れないならさっさと人類粛正してくれ。エドワードががっくりと肩を落とすと、デスクトップのアルフォンスは眉間に皺を寄せた。 『…もうちょっと待って、急ぐけど…一度電源落とすけど、再起動したらメール、見ていいよ』 「…ホントに?」 『うん…』 だからちょっと待て、と言ってアルフォンスは目を閉じた。 無駄に男前に設定されたデスクトップ画像を見て、エドワードは少し胸が熱くなった。なんだ、結構優しいじゃん…と思った直後、何故メールを開けなかったのか理由を思い出した。 「つか、やっぱりメール来てたんじゃねえかっ!」 エドワードが叫ぶと同時に、PCのモニターライトが切れる。真っ暗になったモニターに怒り心頭で鬼気迫る自分の顔が映り、ちょっと驚いた。が、直ぐに再起動して、モニターにアルフォンスが現れる。 『…もうメール開いても大丈夫だけど、きっとがっかりするよ』 「つうかお前、後で説教だから大人しく待ってろよ」 再起動されたデスクトップにはいつものようにアルフォンスとフォルダとアプリのショートカット。メールへのショートカットもちゃんと並んでいた。 ホクホクしながら漸く読めるようになったメールを開いてみれば、そこには昨日の男からの簡単な挨拶とURLが書かれてあり、エドワードは男からのメッセージには目もくれずに早速リンクされたそのURLをクリックした。 「……んんん?」 表示されたのはどうやら個人のブログのようで、エドワードは何度かメールのリンクから飛び直したが、何度やっても研究所のHPには飛ばなかった。 『がっかりした?』 アルフォンスがウィンドウの裏に隠れたまま声だけで呼びかけてきたので、エドワードはウィンドウを閉じてアルフォンスをデスクトップに出してやった。 「なんかこいつもURL間違えたみたい」 『違うよ。さっきのブログ、このメールの発信者のブログだろ。わざとだよ』 アルフォンスに言われてもう一度メールに目を通すと、確かに「ブログやってるから良かったら読んで」と書かれていた。 『因みにメール、開封したらこのPCのデータが相手に自動的に返信されるウィルス付き。エドの個人情報欲しかったみたいだよ、こいつ』 「…うぇぇえ?」 『エドからはメール送れないようにブロックかけたから情報は漏れてないけど、付き合う相手はちゃんと選べよな』 思わぬ展開に目を見張るエドワードに、アルフォンスはふてくされた表情を浮かべてデスクトップ上で背中を向ける。 『疲れた。少し休むから…』 「あ、アル!」 『なに』 不機嫌な顔で振り返ったOSに、エドワードは深々と頭を下げた。 「ウィルス入ってるの知ってたから、メール来てないって嘘ついてくれたんだな。オレのために」 『…まぁ、ただの情報回収ウィルスでも、僕にも多少影響でるし…』 「助かったよ。ありがと、アル」 『……疲れたから、しばらく起こさないでよね!』 アルフォンスは再び背を向けウィンドウの裏に隠れて消えてしまい、残されたエドワードはくつくつと喉を震わせた。 「耳まで真っ赤にして、ホント人間みたいなやつ…」 アルフォンスが起きたら、機械の反乱とか失礼な事を疑ってしまった事を素直に謝ろうとエドワードは思った。 ←text top |