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揚羽蝶は華に縛られ5


「よ、おちびさん。仕事振ってくれてありがとさん」

編集部の入っているビルの階段でエンヴィーと鉢合わせたエドワードは、直ぐにエンヴィーの言葉の意味を理解し唾を吐き捨てた。

「オレのお古でわりぃな。まぁ精々頑張れや」
「今日ポラ撮りしてきたから見るといいよ。編集長が持ってるからさ」

にやにや笑うエンヴィーに、エドワードはふふんと鼻で笑い返した。

「オレ、お前の写真に興味無いから」

言い捨てるとエドワードはエンヴィーに背を向け、編集部に向かって階段を上る。

「おちびさんのクセに生意気だぞ〜」
「ちびチビうるせえ、根性悪!」

階下から響いたエンヴィーの声に思わず怒鳴り返してしまい、無駄な体力を使っってしまったと後悔した。



エドワードは駆け出しのカメラマンだ。

風景写真を専門に活動していたが、知人の編集者のヒューズから、写真集のオファーをもらったのがつい五日前の事だった。

そして、緊縛師アルフォンス・エルリックと出逢った。
アルフォンスと云う男は見た目は非常に好青年だったのだが、エドワードを油断させ、縛り上げ、挙げ句手込めにしたサディストだ。

ちょっとした勘違いから襲われてしまったエドワードは、編集部に逃げ帰って「写真集を降りる」とヒューズに泣き付いたが、理由を聞かれても詳細を語る事が出来ずに小一時間説教を食らう羽目になった。

先程のエンヴィーの様子から、新しいカメラマンは鋼出版の専属カメラマンであるエンヴィーに決まったようだ。自分のせいで写真集の話が流れてしまっては、編集者のヒューズに多大な損害を負わせてしまう。話が流れなかった事に多少は安堵したが、エドワードにはもう関係のない話だった。


今日も編集部に呼び出され、どうせまたお小言だろうと半ばうんざりしながらヒューズを訪ねたエドワードは、一通の封筒を渡された。

「…何これ」
「エルリックさんからだ。お前に謝りたいんだと」
「いらね」

そのまま足元のゴミ箱に封筒を落とすと、ヒューズは肩を竦めてエドワードに向き直った。

「今日、ポラ撮りついでにエルリックさんとこにお詫びに行ってな。詳しい事情は聞けなかったが、エルリックさんは『自分が悪かった、エドワードさんに申し訳ない事をした』って謝ってた。オレも頭ごなしに怒鳴って悪かった。すまん」

ヒューズに深々と頭を下げられて、エドワードは気まずさに目を逸らした。
ゴミ箱行きとなった封筒が目に入り、エドワードは慌ててそれを拾い上げた。

「…中、読んだ?」
「お前宛てだからな。読んでない」
「……」

迂闊な事が書かれていては困るので、その手紙は自宅で焼却処分する事にしてポケットにねじ込む。



謝られても、エドワードの怒りが治まる訳がない。

ごめんですんだら警察はいらないのだ。
謝られてもエドワードの心の傷は癒えないし、あの日をなかった事にすることも出来ない。

「オレ、もう行くわ…」
「あぁ。呼び出して悪かったな」

付き合いの長いヒューズは、こんな時のエドワードに何を言っても駄目だと知っているのでそっとして置いてくれる。

覚束ない足取りで編集部を後にしたエドワードは、自宅に戻る気にもならずに繁華街をふらついた。



色とりどりのネオンをぼんやりと眺めながらガードレールに腰を下ろしたエドワードは、口寂しさにコートのポケットから煙草を取り出した。
煙草と一緒に先程ポケットにねじ込んだ手紙が出てきて、エドワードの足元にひらりと落ちる。

「……」

思い出したくもないのにアルフォンスの顔がチラついて、エドワードは舌打ちした。

拾い上げた封筒を、破ってしまおうと指に力を入れた時、封筒の中に何か厚手の紙が入っている事に気付いた。感触で、それが写真だとすぐに分かる。

「……畜生…」

職業柄、写真を破る事には気が引けてしまうエドワードは、封筒を開き中の写真を取り出した。

「……」

中に入っていたのはポラが三枚。
感じからして、エンヴィーが撮った物だと直ぐに分かった。

「……何だよコレ」

緊縛された女性のカットを目にし、エドワードは肩を震わせる。


信じられない。
怒りがこみ上げて、エドワードは煙草を握り潰して立ち上がった。

「あのクソ緊縛師…!」

再び封筒と写真をポケットにねじ込み、エドワードは駅に向かって走り出した。






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