nearly equal

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「兄さん!僕、呪いをかけられてたんだよ!」

まだお話しし足りないけれど、そろそろ寝なくてはね。そう言って老婦人が夫婦の寝室へ戻っていくと、アルフォンスは一目散に階段を上り、エドワードの居る部屋へと戻った。

「――ふぁ?」

毛布から頭を出した蓑虫は寝ぼけ眼だったが、見ればやはり隣のベッドから毛布を奪って身体に巻き付けていた。

「僕は悪い魔法使いに呪いをかけられて、鎧に心だけ閉じ込められてるの!そしてその呪いが解けるまで、ずっと眠り続けるの!」
「起きてんじゃん」

興奮冷めやらぬアルフォンスと寝惚けたエドワードは要領を得ない会話をしばらく続け、ようやく落ち着いたアルフォンスが先程の老婦人との話を掻い摘んでエドワードに伝えたが、エドワードの反応は母親の寝物語と同じ、大欠伸ひとつだった。

「魔法だぁ?…そんなん使える世界なら、とっくに元の身体に戻ってる…」

そう言ってまた蓑虫に退化しようとするエドワードをベッドから突き落とし、アルフォンスはたった今までエドワードが寝ていたベッドに仰向けに倒れた。

「さあ!今から悪い魔法使いにかけられた魔法のせいで、僕は眠り続けるから!」

鼻息も荒く寝転がるアルフォンスに突き落とされたエドワードは、落下した際に打った頭を擦りながら胡乱な視線を投げて寄越したが、アルフォンスのテンションに圧されたのか、毛布を引き摺りながら隣のベッドに這い上がる。

兄弟に童話を読み聞かせていた時の母親を身振りも真似て、胸の上で両手を組む。瞼がないので目は閉じられないが、そこは根性とシチュエーションと勢いで、アルフォンスは眠り姫を真似てみせた。 完全に勢いだった。

「…"眠り姫"?」

母親のテンションを真似た事で気付いたのか、エドワードがこちらに目を向けた。ベッドに寝転んで天井を見上げているアルフォンスからその姿は見えないが、だいたいの気配でわかる。

「姫じゃないよ、僕は男だよ」
「"眠り王子"…?語呂が悪いな」
「細かいトコに突っ込まない!」 

アルフォンスの根性は秀逸で、瞼のない目に疑似瞼でも作り出したのか、本当に目を閉じたように視界を黒く染め上げて何も見えなくしてしまった。

「…いつまでそうしてんだ?」
「呪いが解けるまで!」
「呪い、ねぇ」
「運命の相手がキスしてくれれば大概の呪いは解けるものなんだよ!」

眠り姫も、蛙にされた王子もそうだった。愛は大概の受難を大概乗り越えさせ、最後には物語をメデタシメデタシ、で締めてくれる。

「運命、ねぇ…」

エドワードの意識はようやくはっきりと覚醒したようで、物語に登場する魔法という物がいかに荒唐無稽であるかをぶちぶちとボヤキ始めたのでそれは無視した。

アルフォンスの勢いは、まだ止まらなかった。先程の老婦人との会話でテンションが若干、いや、かなり上がってしまっていた。
もしかしたらお姫様の、お姫様ではなくとも、アルフォンスを真実愛してくれる誰かの口付けで、元の姿にポンっと戻ってしまうかもしれない。実際は魔法なんて存在しないことは重々承知しているけれど、物語の中でしか有り得ない無い魔法を、真実の愛で全てが解決されてしまうおとぎ話の世界を、おとぎ話のモデルになった場所で試してみたくなった――それだけだった。

エドワードが大きな溜め息を吐き、それと一緒にガリガリと掻き毟るような音がアルフォンスに聞こえてきた。呆れて頭でも掻いているのだろう、おそらく。

「…おーい」
「………」
「おーい、アルフォンスー?」
「………」
「だんまりかよ……」

アルフォンスが口を閉ざしたことで、兄弟の居る部屋の中の物音は極端に少なくなった。その気になれば何時間でも何年でも微塵たりとも動かずに居られるアルフォンスが静止してしまえば、後に残るのはエドワードが立てる音だけだった。


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