「はぁぁぁぁぁ落ち着く……ぬいぐるみちゃんちょーかわいい……我が家サイコー……」


定時で帰れるはずだったのに、上がる直前に突然上司から仕事を追加で頼まれた時のあの絶望感。本当は新作のぬいぐるみを見て帰る予定だったけど、帰るときにはもう店も開いてなくて悲しくなりながら家に帰ってきた。
もーほんと、なんであのタイミングで仕事割り振ってくるのかな〜〜あのクソ上司め。もう家にいるぬいぐるみ達しか私を癒してくれない。


「あ〜〜ぬいぐるみちゃん最高……ラブ……私が求めていたのはこのふわふわ感よ……」

「そんなものを抱きしめるより俺を抱きしめたほうが癒されると思うが」


ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて癒されていると、急に部屋の入り口あたりから聞こえてきた声にぎくりとする。間違いなく承太郎さんの声だ。
気が付くといつもこの人家に上がり込んでるんだけどどういうことなの……?おかしくない?
最初はびくびくしていたけれど、来る頻度があまりに高すぎてもう自然に接せるようになっちゃったよ。


「そんなものって言わないでくださいよ!っていうかなんで家にいるんですか……おかしいでしょ……今日ちゃんと鍵かけていったはずなんだけど」

「そうだな、きちんと施錠されていた」

「だから施錠してるのになんで家に入ってこれたのかって聞いてるんですけど!やっぱり話が通じない……!」


基本的にはいい人なんだけど、時たま話が通じなくなるのだけはどうにかして欲しい。
こちらに伸びてくる手をなんとか避けようとするけれど、抵抗も虚しくがしりと腕を掴まれる。痛くはないけれど、振り払えない絶妙な力加減だ。


「承太郎さん、放してください」

「いやだ」

「いやだ、じゃないですよほんとにも〜!まず不法侵入してる段階でやばいって自覚してます!?ほんとに警察呼びますよ!」

「呼んだら対応するのが面倒くさいからお前は呼ばないだろう」

「こういうときだけまともに返事返してくるのやめてもらえません!?」


完全にこちらの考えを読まれている。承太郎さんが不法侵入してるのはやばいと思うけれど、正直いつものお決まりのパターンと化しているから確かに警察を呼ぼうとは考えていない。でもそれを本人に言い当てられるとなんとなくむかっとする。


「そんなことよりも、ほら」

「ほらってなんですか……なんで両手広げて待ち構えてるんですか……」

「疲れてるんだろう?」

「いや確かに疲れてますけど、だからって抱き着きませんからね!?ほんと何言ってるんですかあなた!?」


私を壁際に追いやった状態で、両手を広げて待ち構える承太郎さんに冷や汗が止まらない。いつもはせいぜい手を掴まれるくらいなのに、今日は明らかにその範疇を超えている。やばいよこれ。今日は警察呼ぶのが正解なんじゃないの?
ちらりと少し離れた場所にある携帯を見ると、その視線の間に緑色の瞳がすっと現れてびくりとする。もしかしなくても考えてることバレてる?


「きょ、今日は本当にどうしちゃったんですか承太郎さん……なんかいつもと違いません?」

「別にいつもと変わらないと思うが」

「いや明らかに違いますよね!?なんか、その、積極的じゃありません……?」

「……そうか?」

「だっていつもこんなことしてこないじゃないですか!」


自覚ないの!?それはそれでおかしくないこの人!?ほんとに警察呼んだほうがいい気がしてきた。なんでさっき携帯遠くに置いちゃったのかな〜〜過去の自分に絶対肌身離さず携帯を持ってたほうがいいよって教えてあげたい。


「いつもしたいと思っていたが、お前が怯えるかと思ってしていなかっただけだ」

「えぇ〜〜……いや嘘でしょ……ていうか今までしてなかったのになんで今日実行に移しちゃうわけ……?」

「ぬいぐるみを抱きしめていたなまえが可愛かったからな」

「人の行動のせいにするのやめてもらえません!?」


こうして話している間にも承太郎さんはジリジリと距離を詰めてきていて、もう唇が触れ合いそうなところまで近づいてきている。
近くで見てもほんっとうにかっこいいんだけど、かっこいいからって不法侵入繰り返してるような人とキスはしたくないよ私。


「あの、ほんとにその、離れてくれませんか……」

「お前が抱き着いてくれたら離れる」

「いやだからそれはおかしいですって!」

「抱き着いてくれないならこのままキスするぜ」

「えっ!?……ううう、まってください!抱き着くから!抱き着くからそれ以上近づくのは待ってください!」


私が叫ぶと、お互いの唇が触れ合いそうなギリギリのところでぴたりと承太郎さんが止まる。
もうこれ完全に私が抱き着くの待ってるよね……?え、本当に抱き着かなきゃいけないの?冷静に考えなくてもおかしくない?でもこれで抱き着かなかったら、絶対にこのまま距離詰めてくるもんね。キスと抱き着くのだったらまだ抱き着くほうがマシな気がする。

ええいままよ!と覚悟を決めて思いっきり抱き着くと、間髪入れずにがしりと抱きしめ返される。見た目からもなんとなく想像ついてたけど、やっぱり筋肉すごいな承太郎さん。体の厚みがすごい。でもやっぱりぬいぐるみと違って癒し効果は全然ないわ……やっぱり疲れた時にはぬいぐるみ抱きしめるのが一番いい。


「癒されたか?」

「全く!なんか承太郎さんごつごつしてますもん……ぬいぐるみのふわふわ感がないとダメです」

「そうか」


なーんでなんとなく不満そうな顔してるんですかこの人。自分がぬいぐるみに匹敵する癒し効果を持ってるとほんとに思ってたの承太郎さん。
ていうかいつまで抱きしめてるんだこの人。もう一分は経ってるよね?長くない?


「あの、いつまで抱きしめてるんですか……?」

「もう少しだ」

「もう少しって……具体的にはどのくらいですか?」

「もう少しだ」


また意思疎通できない状態に後戻りしちゃったんですけど。もうなに、どうすればいいの……?私明日も仕事だから早く寝たいんだけど。離れるどころかもっと強く抱きしめられてるんだけどどうすればいいのかな。


「承太郎さ〜〜ん……」

「分かってる」

「何にも分かってないよ承太郎さん……もう私寝たいんだけど……」

「このまま寝ればいい」


眠りやすいように体勢整えてくれるくらいだったら、そのまま素直に寝させてほしいんだけどな〜〜!!
でもそろそろ寝ないとほんとに明日起きられるか分からないし、もうこのまま寝ちゃおうかな。途中はひやっとしたけど、承太郎さん何か変なことしてきたりはしないみたいだし。今までもなんだかんだ、身に危険を感じるようなことされたことはないし……。うーん、なんか考えるの面倒くさくなってきたし、もう諦めてこのまま寝よう。うん。


「……それじゃあ私寝ますから、仕事行く時間になったら起こしてくださいね」

「あぁ、任せろ」

「絶対起こしてくださいね!……おやすみなさい、承太郎さん」

「おやすみ、なまえ」


翌日起きた時にはもう承太郎さんはいなくなっていて、おそらく彼がセットしたであろうアラームに起こされて目が覚めた。起こしてくださいって言ったのは私だけど、なんで承太郎さん私の起床時間知ってるんだろう。

あと、なんか昨日眠りに落ちかけた時に首とか唇になにかが触れたような気がするのだけれど、多分気のせいだと思いたい。気のせい……気のせいじゃなかったのかな……でも聞いたらやばいことになりそうだし……。うん、何も気が付かなかったことにしよう。とりあえず土日になったら新しい鍵設置できないかお店に相談しに行こう。
は〜〜今日こそは絶対に新作のぬいぐるみ買って帰ろう。やっぱりぬいぐるみが一番癒されるわ。


ぬいぐるみが好きな子と承太郎



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