それはまた襲ってくる



不法侵入者を知らせるサイレンが鳴り響いた。


敷地内でこの音を聞くのは
今月に入って5回目だった。


このためだけにわざわざ出向くってのも
かったるいな。


門の近くに群がってきた連中を
フィンクスは遠巻きに眺めながらそう呟いた。

私達は、今月に入ってかれこれ5回
わざと片足だけ侵入しては
すぐに駆け戻って離れた丘にそびえる
この一本松に登って様子を見ることを繰り返していた。



逃げてるみたいで気がひけるよね。


私もそう呟きながら、肩に落ちたイモムシを払い落とした。


あと何回やりゃいいんだ?

フィンクスがライターを何度かカチカチと鳴らしたが
火がつかないようで苦戦していた。


10回はやらないとダメだって
ボノが言ってたよ。


フィンクスは舌打ちをして
ライターをポケットにしまった。


おい、火貸せ。


手を出すフィンクスを無視して
私は地面に向かって飛んだ。

ないよ。
最近電子タバコに変えたもん。



なんだよ、と言いながら
同じく着地したフィンクスに背を向けて
車のほうへ歩き出す。


月明かりが照らす丘には
私の背の半分ほどの草が生え茂っていて
非常に歩きにくかった。


だいたい、ボノレノフは何で現場にはこねぇんだ?

フィンクスは苛立った様子で
声を荒げる。


現場にこねぇのに
一番金取るなんて、ひでぇ話だな。


ようやっとの思いで車にたどり着いた頃
草についた露で半身はビショビショに濡れていた。



10回目は1週間後にやってきた。


ついに殺しができる、と意気込むフィンクスと
門の前に立つ。


高くそびえる門を
私達は最初の人蹴りで軽々と越えた。


聴き慣れたサイレンが鳴り響く。


私達はその音を聴きながら庭園を走り
遥か向こうの本館を目指した。





羊飼の少年って知ってるか。


ボノレノフは私達に言った。


本拠地の厨房には目ぼしいものがなかったので
私達は近くの街まで
ビールとつまみを盗りに行っていた。

戦利品のジャーキーを咀嚼しながら
グリム童話の?
と聞き返す。


そうだ。

あれは、嘘をつくと信用されないって話じゃない。

何度も起きた出来事に、免疫ができる人間の心理を警告しているんだ。


ボノはフィンクスが転がして寄越したビールを、要らないと言う風に転がして返した。


どういうこと、それ。

ジャーキーが歯に詰まって
爪でそれを取るのに苦戦しながらまた聞き返す。


少年は、狼が来たと何度も『警告』した。
しかし、狼は来なかった。
だから人々は本当に狼がきた、という警告に耳を傾けなかったんだ。


フィンクスはつまらなそうにジャーキーを噛み
ビールを一口飲んだ。


だから何?


つまり、今回の俺たちの作戦は名付けて
羊飼いの少年大作戦だ。


私とフィンクスは涙が出るほど大笑いしたが
ボノは大真面目で内容を語った。




先を走るフィンクスに
狼がきたぞ、と声をかけると
フィンクスは吹き出してスピードを下げた。

お前、走ってる時に笑わせんな。

目の前に迫った本館は
たしかに誰も逃げている様子はない。




ボノの言っていた大統領の部屋というのは
3階の中央に位置しているらしいので
私達は外壁を伝って登ることにした。

上を見上げると、曇りなのか
星は一つも見当たらない。

外壁はレンガだったので
いとも簡単に登れた上に
その間に見つかることもなかった。


目的の部屋の真下までくると
フィンクスはいくぞ、と口だけで行って、拳でガラスを割る。


ガラスの砕ける音が、耳に気持ちよかった。


部屋に侵入すると
男が一人、私達に銃を向けていた。




何者だ!近づけば撃つぞ!


男が叫んだ声に、フィンクスが
狼少年です、と答えたから
私は堪らずに笑ってしまった。




その夜、狼少年はちゃんと目的を達したし
民衆はその日も愚かだった。





狼なんて初めからいないのに。

少年こそが、狼だったのに。


男の腹から流れる黒い血は
ゆっくりと床を濡らしていった。









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