梅雨だけに咲く華




なぜ、傘をささないか。


呟くように『それ』に問いかけたが
その行為に自分自身が1番驚いた。


その日は雨だったから
道行く人々は当然に傘をさしている。
それに疑問を抱く人は、自分の視野の範囲では見当たらなかった。
いや、いたのかもしれないが
そう感じさせる何かはなかった。



だから、雨に打たれる自分にも
道行く大勢の人々は
何か物珍しいものを見るように視線を向けたし
汚らしいもののように、わざとらしく避けていく者もいた。

それを、日常、として受け入れることができたのは
あまりに長い年月が経っていたからに他ならない。




少年は、そこにいた。
いた、というよりそこにあった、と表現するほうが
より正確に捉えられているかもしれない。


少年はそこで蹲っていた。
何かを祈るようにも見えるし
単純に腹が痛いように見える。

灰色の擦れたロングTシャツの裾は
地面に接触してびっしょり濡れていた。
右手に握られた傘を力強く握り
決して使うもんか、と言っているようだった。


彼は自分の靴に視線を向けているものの
それは意志を持って見ているというより
ただ、そこにあるから眺めているだけのような気がして

だから、


話しかけてしまったんだと思う。



少年は私の顔をやっとのことで、という様子で見上げた。
痩せすぎた顔は、どことなくネズミを思わせた。
その生気を失った、深い闇のような瞳を見たとき
私は心のどこかで、察してしまった。

雨で濡れた髪が額に張り付き
それを腕で拭う。


少年はまた地面に視線を落とした。


背後で、人々が行き交う声がする。
子供が笑う声がする。


少年はただぼんやり、自身の靴を見つめていた。






オマエ、家はないのか。


『それ』は私の問いに答えない。


何故、この少年にこんなに執着するんだろう。
自分でも分からなかった。
だけど、目に入る雨水が痛くて
そんなことはどうでもよくなってしまう。


少年の頬が赤く染まっているのに気付く。
吐く息は白く
私自身の悴んだ手も合間って、一瞬だけあの街の光景がフラッシュバックした。




やめろ


やめてくれ



((…プツン、シャットダウンしました。ブーブー))





フェイ、寝るなら寝室に行ってよ。


耳障りな同居人の『他人』は
私にそう話しかける。
ダイニングテーブルにうつ伏せになったまま
それを無視した。


胸糞悪いし、吐き気がする。


逆流する胃液を飲み込んで
喉は焼けるように痛かった。


強いストレスを感じた時に
無意識に腕を掻き毟ってしまうのは
幼い頃からの癖で
これは大人になってからも治らない。

起き上がって灯りの下に手をかざすと
爪の間は皮膚と爪で茶色く染まっていた。


ただ、死にたくないだけだ。

傷だらけになった腕からは
血が滲んでいる。

ただ生きていたいだけだ、それは

そんなに悪いことだろうか?


天井から垂れ下がるシーリングライトは
何も教えてくれなかったし
目を閉じると聞こえてくる人々の嘲笑は
私に向けられたものですら無かった。


昨日の雨は嘘みたいな、晴天の翌朝。
『それ』はちゃんとそこにあった。


地面に転がった顔を覗き込むが
今度は本当に何も見ていない。

ただ、都市の路地裏で
日常を彩っているにすぎなかった。

屈み込んで
右手から黒い傘を抜き取る。
空いたその手は、虚しく空を掴んでいた。



背後で、人々が行き交う足音がする。
共犯者達がどこへ向かうのか、私は知らない。


(…ジー…ジー…【複数のウイルス】を検出しました。ジー…修復処理を開始してください…ジー…)




それなに?


盗んできた。


なんで?
傘はうちにいっぱいあるけど?


オマエは頭が悪いのか?
傘なんて盗んでないね。


は?



(ジージー…毎度ご利用ありがとうございます…ジー…買い物リストより【言い訳】が正常に購入されました…ジー…またのご利用をお待ちしております。プツン…ツーツーツー)








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -