友達と初めて店で飲むことになったあの日、私は彼と出会った。
みんなほどよく酔って、まだまだ意識のはっきりしているうちにお開きになった飲み会。
帰る方向の違う友人たちと別れて歩き出そうとした私を、知らない声が呼び止めた。


「苗字名前チャン」

『え、』


振り返れば、店先に佇む派手なナリをしたお兄さんが私のほうを見ていて。
日なかでもないのにかけられた紫のサングラスがどこか怪しげな雰囲気をかもし出していた。


『あの…?』

「ガクセーショ。落としてたぜ? お嬢ちゃんのだろ?」

『え? あっ』


お兄さんの大きな手にあるそれには、確かに私の写真があって名前や学籍番号が書いてあって、それで名前で呼び止められたんだと知る。


『すみません、私のです。ありがとうございます』


ぺこりと頭を下げて、学生証を受け取ろうと手を伸ばす。…が、お兄さんは一向に学生証を渡してくれない。不思議に思って首を傾げた。


『あの…?』

「フフッ、なあ名前チャン。ちょっと付き合えよ」

『え?』


お兄さんはあろうことか、私に酒の相手をしろと言ってきた。
私は驚きながらも、そんなことはできないとやんわり遠慮したが、お兄さんは引き下がらない。


「名前チャン。学生証は失くしたらどうなるんだ?」

『どうって…探して、見つからなければ再発行してもらいますけど…?』

「そうか。じゃあおれが拾ってやったことで、名前チャンは再発行の手間をかけずに済んだわけだなァ?」

『う、そ、それは…』


そう言う言い方をされると、そうに違いないんだけれど。
手間を惜しまず、じゃあもういいですと言って帰れば済むものを、少しくらいなら付き合せてもらいますと言ってしまった辺り、思いのほか酔っていたんだろう。



『へえ、ドフラミンゴさんはシャチョーさんなんですか。どうりで空気が違うわけですね』

「フフフッ、空気が違う、ねェ」

『何ていうか、フツーじゃない感じがしてましたから』

「おいおい、そりゃあ褒めてんだろーな?」

『もちろん褒めてますって』


少しくらいなら、と前置きしたものの、ドフラミンゴさんのススメ方が上手いのか、気が付けばどんどん乗せられて、今や据わらなくていい肝まで据わって彼と飲みに飲んでいる始末。


「ずいぶんイケる口だったんだな」

『意外だった? …あ、失礼、意外でした?』

「別に、今更かしこまることもねーだろうよ。何なら名前も、愛称でいい。名前チャンになら呼ばれて構わねェ」

『愛称があるの?』

「ドフィさ」

『じゃあ、ドフィさんね』


出会いが飲み屋じゃなれけば。私が気持ちよく飲んでいなければ。
きっと私は、学生証を受け取るか諦めるかして、さっさと帰っていただろう。彼ともそれっきりで、二度と会うこともなかっただろう。
それでも、あの日あのときあの場所で、私は彼、ドフィさんと出会ってしまった。
日もすっかり変わって深夜、見計らったように彼が私にたずねた。


「名前、明日は学校か?」

『ううん、休み。それに明後日は昼からなの。いいでしょ?』

「あァ、そいつァいいな。そうか、休みか。…そうか」


深まった彼の笑みの真意なんて気にかけられないほどには、やっぱり、酔っていた。



酔った私はドフィさんに家まで送られて、何の危機感もなく…否、どちらかと言えば何かを期待して彼を部屋に招き入れて。
夢見心地のままぶつけられた彼の欲を受け入れたのだ。そりゃ、お酒の力はあっただろう。だけど誰が相手でもああなったわけじゃないとは、今でも言い切れる。


「名前…おまえは可愛いな…」


私をベッドに横たえて、優しくおでこにキスをくれたあの人だったから、手放しで受け入れたんだ。

翌日目を覚ますとドフィさんの姿はどこにもなくて、抱かれたのが夢だったのかと思うほど部屋に乱れはひとつもなかった。
だけどベッドから起き上がると身体には確かに違和感があって、台所のテーブルにメモを見つけて夢じゃなかったんだと確信する。


『連絡を待ってろ、か…』


意外にも綺麗な字のメモを大事に撫でれば、ドフィさんへの愛しさが強くなるような気がした。
その日から、私と彼の曖昧で不毛な関係が始まった。



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