手を引かれるまま連れて来られたのはローくんが住んでいるマンションで、帰ってきて間もないからか、いささかがらんとした印象を受ける部屋に上がらせてもらった。
「ほら、これ目にあててろ」
『ん…』
氷を包んだタオルを渡され、言われた通り泣いて熱を持った目元にあてる。ひやりとした感覚に、少しずつ、落ち着きが戻ってくる。
「何があった」
私をソファに座らせて、自分は向かいのソファに腰かけそう問うローくん。
何が、なんて。言えない。言えるわけがない。
「答えられないか。……おまえ、ドフラミンゴを知ってるのか?」
『え、』
「…知ってるんだな」
ローくんの口から思いがけずあの人の名が出たものだから、つい俯けていた顔を上げてしまった。
切れ長の目と目が合う。ああ、その目。その目で見つめられると、私は隠し事ができなくなるんだ。
『知って、る…』
「……いい予想はできねえが、あいつと、どう言う関係だ」
『…1年くらい前に知り合って…それから…ずっと…』
「付き合ってんのか」
付き合ってる。そう答えることができれば、どんなにいいか。
私は静かに首を振った。
私と彼の間は、付き合ってるなんて、綺麗で愛らしい言葉では表せない。
「…だろうな。有体に言や、セフレってとこか」
ああ、誰かにそう言い当てられることが、こんなにも胸に刺さることだとは思わなかった。
氷嚢を目に押しあてて、私は頭を垂れる。
ローくんに知られた。今までそんなことを思いもしなかったのに、なぜか今、自分が無性に薄汚れて思えて仕方なかった。
「本気じゃねえだろ」
『っ、え…?』
向かいに座っていたローくんが、テーブルを越えて私のほうへ寄ってくる。
「あのクズ相手に、本気じゃねえんだろ」
『クズ、なんて、』
「言えよ。本気なんかじゃねえって。遊びだって」
膝の上の手を痛いくらいに握り締められて、顔なんてもう、キスでもするのかと言うくらい近付けられて。
薄い紺の瞳が遠慮もなく私の瞳を見つめる。
『はな、して…』
「言え」
『ローくん、』
「言えよほら。遊びなんだろ」
『ロー、』
「名前」
キス、されるのだと思ったのだけれど。
「名前…」
苦しいほどに抱き締められた、私の身体。
「おまえだけが傷付くなんてフェアじゃねえ。遊びだって思えよ。思い込め」
“それから全部忘れろ”
甘い囁きが耳を震わした瞬間、私はローくんを突き飛ばしていた。
まさかそんなことされるとは思っていなかっただろうローくんの身体は、私にでも容易く押し退けられて。
「名前、」
『いや、だ…!』
まだ持ったままだった氷嚢を床に放り投げて、私はバッグを掴んで部屋を出た。
遊びだなんて思えないよ。忘れるなんてできないよ。
自分の部屋に帰った私は、私のために作られたお粥をそっと捨てた。
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