ニュース番組のお天気お姉さんが言っていた通り、午後からは雨だった。
でも何も都合の悪いことはない。なぜならオレはお姉さんに言われた通りちゃんと傘を持って出かけたからだ。
「…あれ?」
傘立てには数本の傘が立っているが、どれもこれもオレの傘ではなかった。嘘だろ。何度見直してもこの前マネージャーさんがくれたヒヨコ柄のファンシーなビニール傘は見当たらない。誰かが間違えて持ってったのか、傘を忘れた奴が勝手に拝借していったのか。まったく迷惑な話だ。雨はまだ本降りのままなのに。
『あの…』
不意に女の子の声がした…と、思って声のほうを向いたけどそこには誰もいなかった。逆だったのかと思って首を回しても誰もいない。雨の音と聞き違えたのか。
もう一度周りを確認すると、こっちです、とまた声がして、肩の辺りを軽く叩かれたかと思えば目の前に女の子が立っていた。
「うおっ!?」
『あ、ごめんなさい、驚かす気はなかったんだけど…』
「あ、いや、へーきへーき。で、その、何か用かな?」
唐突に現れたその子は、目の前にいるにもかかわらず何だか霞んでるように見えて、こっちから触れたら掻き消えてしまうんじゃないかと不安を煽った。まあ、足はあるし、ユーレイとかじゃないっぽい。
影のうっすい彼女の手には折り畳み傘が握られていた。ああ、なるほど、そう言うことか。
『傘、なくて困ってるみたいだったから…よければどうぞ』
「あーいや、いいよ。借りたら君が困るでしょ?」
君が困るでしょ、なんて嘘っぱちだ。
ほんとは女の子から何か借りるともれなく下心まで拝借することになってしまうから、遠慮したいのだ。お返しとかその他モロモロ、メンドクサイ。モデルになってからしみじみ感じた。
『私、傘持ってきてるから大丈夫だよ』
「や、ほんといいよ、オレまだ帰らないし、雨も止んでくるかもだし、ね」
『…そう』
渋るオレを見て、女の子は意外とあっさり引いてくれたようで、言い方はよくないけどホッとした。…って、あれ、これ、引いてない?
『じゃあ、これ…』
「へっ?」
折り畳み傘を手にしたまま、彼女は靴箱の脇にある傘立てから傘を1本持ってきて、オレに見せるよう少し高く上げた。淡い色の水玉の傘。
『これ、私のだから。帰るときまだ雨が降ってたら、使ってね』
彼女はそう言って傘立てに傘を戻すと、靴を履き替えて玄関を出て行った。最初オレに貸そうとしていた折り畳み傘を差して。
まさかそう来るとは思わなかったオレは、ただ彼女の背中を見つめたまま立ち尽くす。
…まあ、たまには素直に親切を受け取るかな。そう思って、彼女の置いていった傘を手に取った。淡い彼女の姿は、じっと見つめていたにもかかわらず、もう見えなくなっていた。
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