目の前ですやすやと眠るクラスメートの姿に、幼なじみのかつての光の姿が重なった。
彼は今でも、こんな風に授業が終わったことにさえ気付かないほどぐっすり眠りこけることがあるだろうか。
…もしあったとしても、彼を起こすのはもう私の役目ではないし、もう、私には関係のないことだ。頭のなかに浮かぶ青い髪の彼を掻き消して、私はクラスメートに呼びかけた。


『火神くん。火神くん、起きて』

「……」

『火神くん、ねえ、起きてよ』


少し声を張り上げてみても、机に突っ伏した火神くんは穏やかな寝息を立てるばかり。部活が始まるまではまだ時間に余裕があったから、私は特に慌てず彼の前の席に腰を下ろした。


『よく寝てるなあ…』


呼吸に合わせて上下する赤い髪。半ば無意識に手を伸ばして梳くように撫でると、さらさらとした感触がとても心地よかった。懐かしい手触り。


『かがみ、くん…おきて…』


目の前にいる火神くんの髪は確かに燃えるような赤のはずなのに、どうしても深い海の底のような青がちらついて離れない。
情緒不安定もいいところで、急に涙が溢れて止まらなくなって、髪を梳く手を引っ込め顔を覆った。教室にはもう私と火神くんしかいなかったから、私のすすり泣く声がいやに響いた。


「ん…んん…?」

『火神くん、起きた…?』


不意に呻き声を上げた火神くんに反応して、私は顔を覆う手の隙間から彼を覗き見る。私の目元が涙に濡れているのを見とめた火神くんは、寝起きで虚ろな目を丸くしてイスから立ち上がった。


「な、何泣いてんだよ、おまえ!?」

『ご、ごめん、気にしないで、ちょっとゴミが』

「ゴミ!? 大丈夫かよ!?」


起きた瞬間目の前で人がさめざめ泣いていたわけだから、さぞ驚いたんだろう。私が彼の立場でも、相当驚いたと思う。
私は火神くんがもうすっかり起きたと言うのになかなか止まらない涙を拭いながら何度も謝った。


「別に謝ることねえって…つか、何かねえのかよ…!?」

『何か?』

「あ、そうだ!」


突然鞄のファスナーを開けてなかを漁り始めた火神くん。
彼は一枚のTシャツを掴むと、私に突き出した。何のつもりかわからなくて首を傾げれば、ぐいっと顔に押し付けられるシャツ。


『な、何? 鼻水つくよ?』

「いい。ハンカチとか持ってねーんだよ、何もねえよりマシだろ」


無骨な優しさが嬉しくて眩しくて、やっと止まりかけていた涙はまたじわりと滲んでシャツを濡らした。


『ありがと』

「おう。つーか、誰もいねーんだけど? 何で?」

『え、だってもう放課後だよ』

「あー、なるほどな。…ほ、放課後!?」


今更のように現状把握ができたようで、火神くんは鞄を肩にかけると教室のドアに走った。戸を開けて廊下に出たところで、ふとこちらを振り返る。


「おまえ、その、あんま泣くなよ」

『え…』

「おまえが泣いてると、何か落ち着かねんだよ」


火神くんの言葉に、一瞬時が止まったように思えた。
だってそれは、あの人が私に言ったんだよ。どうして、あなたまでそれを言うの。


『シャツ、ありがと…明日返すね』

「おう。別にいつでもいーけどな。じゃ、行ってくらァ」

『うん』


どこまでも青の彼と重なるクラスメートが、彼と同じ闇に囚われてしまうことのないよう祈って、石鹸の香るシャツを握り締めた。



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