家のお遣いの帰りに立ち寄った本屋の前には、荷台にリヤカーをくっつけた不思議な自転車が停められていた。
仕入れか何かしているのかな、と思いながら店内に入り、お目当ての編み物の参考書のコーナーに向かうと、懐かしい緑色に出会った。
意外すぎる場所での再会に目を丸くする私に、彼は久しぶりだな、と相変わらずのいい声で挨拶した。
『本当に久しぶりだね、緑間くん。元気だった?』
「まあな。おまえのほうはどうだ」
『まあ、病気とか怪我はないよ』
「そうか」
緑間くんの手には初心者向けの編み物の参考書があって、きっとラッキーアイテムなんだろうなあと思いながら、私もたくさん種類のある参考書に目を向けた。
「編み物を始めるのか」
『え? まあ、ちょっとね。面白そうだったから』
「そうか」
本を選ぶ私を、まるで待っているかのように、緑間くんは隣で立っていた。何だか少し落ち着かないけれど、どこかへ行ってくれ、と言うわけにもいかないので仕方ないと短く息を吐いた。
「おまえは…」
『え? 何?』
「…おまえは、あいつについて行くとばかり思っていたのだよ」
本に向けていた目を思わず緑間くんに向けた。
眼鏡越しの彼の視線は、私とは対称に棚の本に移っていく。彼の目が追った本の背表紙は、鮮やかな赤色だった。
「なぜついて行かなかった」
きっと緑間くんにそのつもりはないんだろうけど、ひどく責められている気がして目頭が熱くなる。そのとき、不意に肩を掴まれて驚きに涙が引っ込んだ。
「真ちゃんダメっしょ、可愛いカノジョを泣かしたりしちゃー」
私の肩を掴んだのは、黒髪の男の子だった。
ひと目で私を見つける人物は、今まで両手で数えられるほどしかいなかったから、物珍しくて、私はその人を不躾にまじまじ見つめてしまった。
「名前に気安く触れるな高尾」
未だ私の肩に乗る手を引き剥がそうと緑間くんが手を伸ばす。それを見て彼はぱっと手を離した。
「そんな怒んなって。でもそっか、この子が名前ちゃんなの…」
私がさっきそうしたように、彼もまた、私をまじまじと見た。やがて人の好さそうな笑みを浮かべて、小さく頭を下げた。
「どーもハジメマシテ。秀徳高校の高尾和成です。ちなみに、真ちゃんと同じバスケ部の1年レギュラーね。よろしく」
『あ、っと、誠凛高校1年の苗字名前です。こちらこそ、どうぞよろしく』
自己紹介をしてくれたので私も自己紹介すると、緑間くんが怪訝な顔をして眼鏡を押し上げた。彼の眉間にある深いしわは高尾くんにも見えているだろうに、高尾くんはものともせず明るい表情で私に話しかけてくる。とんだ勇者がいたものだ。
「ねえね、名前ちゃんはさ、真ちゃんと同中でバスケ部のマネやってたんだよね?」
『え…うん、そうだけど…』
「へえ…じゃあさ、真ちゃんてそんときからワガママっ子だったわけ?」
『わ、ワガママっ子?』
唐突な質問に私は首を傾げた。緑間くんが妙なことを喋るな、と高尾くんに鋭い視線を向けている。
「名前、こいつの話に付き合うことはないのだよ」
「いいじゃん別に。昔の真ちゃんのこと知りたいんだよ」
「気色悪い」
「ひっでえ!」
軽口を言い合うふたりが何だかとても微笑ましかった。
緑間くんは新しい環境で、こんなに楽しい友達と一緒にバスケをしているんだと思うと、また泣きそうなくらいの感情が芽生えた。
『…ワガママ、だったのかも知れないね』
「あ、やっぱり?」
『うん。でも、緑間くんは緑間くんだけのこだわりがあって、ただそれを貫いてるだけだったから…ワガママって言葉で片付けてしまうのは、悪い気もするかなあ』
「名前…」
『あの…それじゃ、私、もう帰るね』
まだ目が潤んでいるのを見られたくないし、本人を前に何だか気恥ずかしいことを言ってしまったしで、私は参考書はまた今度探すことにして、足早に店を出た。
家に帰ると玄関にはテツくんの靴があって、乾いていなかった涙がひと粒零れ落ちた。
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