「名前」


さつきちゃんから受け取った資料を整理しているとき、向かいに座って資料に目を通していた緑間くんが私を呼んだ。
何、と顔を上げれば、緑間くんは渋い表情でこちらを見ていた。


「おまえには問題を解決すると言う考えがないのか」

『も、問題? 何のこと?』

「髪のことだ。さっきから何度耳にかけ直しているのだよ」

『え、ああ…』


緑間くんの言う通り、今もまた、私は髪を耳にかけ直していた。そう気にしてはいなかったけれど、はたから見ると気になる仕草だったようだ。


「邪魔なら結うなりなんなりすればいいだろう」

『うん、そうだけど、今はヘアゴムとか持ってないし、今度から気を付けるよ』


そう言って再び手元の資料に目を落とすと、緑間くんの右手に顎を掴まれて、少し強引に前を向かされた。女の子の顎を掴むってどうなの。


『今度は何かな』

「このまま前を向いていろ」

『え? …わかった』


正直どうして前を向いてなければならないのか疑問だったけれど、問答を繰り返すのも面倒で、私は大人しく言われた通り顔を上げたままじっとしていた。


「今日のラッキーアイテムに感謝するのだよ」


席を立って私の後ろに回った緑間くんは、私の髪を梳くようにまとめ始めた。さっき顎を引っ掴んだのとは比べものにならないくらい優しい手つきで、私の髪はきゅっとひとつに結わえられる。


「よし、これでいい」

『ヘアゴムなんて持ってたんだね。ありがとう』

「たまたま今日のラッキーアイテムで持っていただけなのだよ。2本組でしか売っていなかったからな。1本使っても残る」

『そっか。じゃあ今度新しいの返すね』


振り向く私の頭を、緑間くんはぽんぽんと撫でて満足そうに息を吐いた。


「これからは部活前にオレのところへ来るといい」

『え? どうして?』

「不器用なおまえの代わりに、オレが髪を結わえてやるのだよ」

『……』


私は特に自分で髪を結えないほど不器用なわけではないのだけど、何だか楽しそうにそう言う緑間くんを前にして、結構です、なんて言えるような図太さは持ち合わせていなかった。


『そう、じゃあ、お願いしようかな』

「ああ、そうしろ」


その日から緑間くんは、ラッキーアイテムでもないのにヘアゴムやシュシュをポケットに忍ばせるようになった。



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