※第3Q後の話
テツくんに見事にフラれた黄瀬くんは、ことの次第を体育館の隅で見守っていた私を目敏く見つけて駆け寄ってきた。
こうも早く元チームメイトと再会することになるなんて夢にも思わなかったけれど、会ってしまったものは仕方がない。コートのほうにいるテツくんはややしかめ面をしていた。
「名前っち! 元気そうでよかったっス!」
『ありがとう。黄瀬くんも元気そうだね』
「見ての通りっスよ〜」
例によって姿の見えない私と隅で話しをする黄瀬くんを見て、集まってきていた彼のファンであろう女の子たちは不思議そうにやがて帰って行った。
「オレそろそろ帰るんで、名前っちお見送りしてくれないスか」
『えっ?』
「黄瀬君」
「うおっ?! あ、黒子っち。練習再開するんじゃないんスか?」
「しますけど。聞き捨てならない台詞が聞こえたもので」
「名前っちにちょっと門まで見送ってもらいたいだけっスよ」
いつの間にか私と黄瀬くんの傍に来ていたテツくんが、さっき見たときと同じようにかすかにしかめ面をする。
『門まで送ったら、すぐ戻るよ。大丈夫』
「……仕方ないですね。裏門に案内してあげてください。表より人が少ないはずですから」
『うん、わかった』
「黒子っちサンキューっス!」
「どういたしまして」
◆
時間も時間だったし、裏門を使う人は普段からそういないしで、テツくんの言った通り門までの道のりにも人はいなかった。少し先に閉じた門が見えた頃、黄瀬くんがまた口を開けた。
「ねえ名前っち。やっぱ名前っちだけでも、海常に来ないっスか」
私たちの足は自然と止まり、向き合う形で見つめ合った。
転校の手続きも、必要なら寮の手配も引っ越しの段取りもすべてすると矢継ぎ早に言う黄瀬くん。あの子にも数ヶ月前同じようなことを言われたな、と懐かしく思った。
「ね、本気っスよ、オレ」
イケメンと評される黄瀬くんの整い尽くした顔は、確かに真剣そのもので、澄み切った金色の瞳にうっかり頷いてしまいそうだ。
『…黄瀬くん、まだ私がテツくんの傍にいないほうがいいって思ってる?』
彼にこうして海常に来ないかと誘われるのはこれが初めてではなかった。高校受験に悩んでいたときにも、黄瀬くんは今と同じように声をかけてくれた。
最後の全中が終わった頃から、黒子っちの傍から離れるべきなんスよ、とよく言われていたし、転校を勧めてくるのはたぶんそれが大きな理由なんだろうと思う。
「そりゃ、多少はまだそう思ってるっスよ」
『そう…』
「けど今は、ただオレの傍にいてほしいだけ」
黄瀬くんはそう言って照れくさそうに笑った。その笑顔に昔の彼を見た気がして、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。どんなに懐かしくたって、もう何にも戻っては来ない。私の眼はもう何にも視えない。
どうにもいたたまれなくて、黄瀬くんから顔を背け俯いた。
「ね、名前っち」
『何…?』
「今度の練習試合。オレが勝ったら、転校のこと、本気で考えてよ」
『え、でも、』
私が顔を上げるのと同時に、黄瀬くんは門に向って走り出す。
『待ってよ、黄瀬くん、』
「約束だからね!」
あっと言う間に見えなくなった背中。
今、転校するなんて絶対に考えられないとすぐに答えられなかったのは、心のどこかで、そうしたいと思う気持ちがあったからだろうか。
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