ただでさえ見つけにくいのだから、人の多いところでは絶対に手を離さないでね。
小学校の高学年になるまで耳にタコができるほど言い含められた父母の言葉を、私はぼんやり思い出した。
実の親だって人混みのなかでは私のことを見つけるのが難しいのに、どうしてだろう、あの人はじっとこっちを見つめている。人のごった返す昼時の購買前の廊下で、まっすぐに私を見つめている。


「ねえ」


私に話しかけているのだろうか。それとも、私を通して後ろにいる人に話しかけているのだろうか。ああ、きっとそうに違いない。
私は三歩後ろにいるにもかかわらず、両親に迷子になったと遊園地で騒ぎ立てられた苦すぎる過去を持つような人物なのだ。あのときは一緒に行ったテツくんも迷子にされていたな。


「ねえ、聞こえてるんだろ」


がやがやと人の声が否応なく耳に飛び込んでくるのに、その人の声はやけにすんなり耳に届いた。だけど私はもう、彼は私の後ろの人に話しかけているんだと決めつけていたから、くるりと回れ右をして教室に戻ろうと足を踏み出した。


「待ってよ」

『え…?』

「ひどいな、無視するなんて」


掴まれた腕に振り向けば、鮮やかな赤をなびかせたその人が、にこりと笑っていた。



今思えばあのとき完全に無視を決め込んでいたら、こんなことにならなかったのかも知れない。こんな、毎日のように寿命を縮められるようなことには、絶対。


「やあ、おはよう」

『わっ、こ、ここ女子トイレの前だよ、何してるの…?』

「今日こそ首を縦に振ってもらいたくて」

『まだそんなこと言ってるの…』


あの人集りのなかで私を見つけて声をかけてきたのは、テツくんと同じバスケ部の赤司征十郎と言う人だった。同じとは言え、方や三軍、方や一軍レギュラーと言うもはや雲泥の差に近い存在。そんな彼はあの日、私に男子バスケ部のマネージャーをやらないかと持ちかけてきた。


『もういらないでしょ? 隣の席の子、マネージャーになったって言ってたよ』

「うちは三軍まであるし人数も多いから、足りないくらいだよ」

『そう言われても困ります』


窓からの日差しで煌めく赤い髪を見ながら、眉を寄せた。
私はバスケをよく知ってるわけでもないし、得意なわけでもない。しいて言うなら、テツくんが好きだから好き、と言うくらいのものだ。ルールの知識も怪しいのに、マネージャーなんて務まるとは思えない。
だからあの日も無理ですと断ったのに、何の執着があるのか、赤司くんは驚くほど的確に私の姿を捉えては、何度も何度も声をかけてきた。


「オレは君がいいと思ったんだ」

『でもできません。他あたってください。さようなら』

「あ、待ちなよ、」


赤司くんに背を向けて歩き出すと、罪悪感に苛まれた。
本当は、マネージャーが務まるとか務まらないとか、そう言ったことは半分くらいしか問題じゃなくて。ただ単純に、こんなによく私のことを見つけて声をかけてくる人が今までテツくん以外にいなかったから、彼が怖くて断っていたのだ。
逃げ出す私を追いかけては来ないけれど、赤司くんの真っ赤な目は走り去る私の背中をじっと捉えて離さない。
ずっといないように扱われるのが普通だったから、都合よく隠れられない人と接するのは、ひどく恐ろしい。



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