「名前ちーん、待ってよー」

『うわ、や、来ないでったら』


私は足が速いほうではないし、そもそも運動神経自体あまりよろしくないのだけれど、このときばかりはなりふり構わず走る、走る。
走りながらも目は頼れる幼なじみを捜すが、今日はどうにも見当たらなかった。


「もー、何で逃げんのー?」

『紫原くんが追いかけてくるから…!』


やたらに広い体育館内を走り回る私と、走ると言うほどではないがそれなりの速度で追ってくる紫原くん。不思議と私たちの間隔は縮まってきて、自分の足の遅さを恨むと同時に、紫原くんの脚の長さを羨んだ。


「そんなに走っちゃって、名前ちんは元気だなー」

『だ、誰のせいで走ってると思ってるの…?!』


部活が始まる少し前のこの時間。大半の部員が集まっている体育館だけれど、誰ひとりとしてこの追いかけっこを止めてくれる人はいない。困ったその理由はただひとつ。


「紫原の奴、また変なアップしてんな」

「何か追っかけてるみたいに見えるけど…」

「? 何をだよ。何もねーじゃん」


そう、私のこの影の薄さが理由。私の影があんまりにも薄いものだから、誰も彼も私の姿が見えていなくて、ただ単に、紫原くんが独特なアップをしているようにしか見えないのだ。
いつもなら私の姿を認識してくれるテツくんに助けを求めて追いかけっこを中断させてもらうのだけれど、今はそのテツくんがいない。こう言うときは、第二の砦にすがるしかない。


『緑間くん、助けて』

「ん?」


キセキの世代と呼ばれ始めた一部の部員たちは、私と同じように影の薄いテツくんと過ごすことで目が慣れたのか、私のことを見つけるのがやけに上手かった。


「ああ、名前か。そろそろ止めようと思っていたのだよ」

『も、もう少し早く止めてほしいな…』

「次はそうしてやる」


乱れた息を整えながら、ベンチに座って爪を研ぐ緑間くんの後ろにしゃがんで隠れる。紫原くんには私の姿がよく見えているのだから隠れること自体に意味はないのだけれど、やっぱり追われる身だと隠れたくなるもののようで。
少しすると紫原くんが追いついて来て、緑間くんの後ろの私を覗き込んできた。


「今日はミドチンの後ろにかくれんぼ?」

「紫原、今日はもうおしまいなのだよ。さっさと着替えて来い。じき赤司が来るぞ」

「えー…しょーがないなー」


不服そうに口をへの字に曲げた紫原くんが、もう追われる心配はないと立ち上がって服を払っていた私の頭を大きな手でぐりぐり撫でる。髪がぼさぼさになるのがわかった。


「名前ちん、明日もやろーね」

『えっ、やだよしないよ?!』


にこりと満足げに笑って、紫原くんはロッカーに向かって歩いていった。


「…まあ、明日は今日より早く止めてやるのだよ」

『最初から止めるって言う選択肢はないの?』

「言ってやめるようならそうしているのだよ」

『…うん、そうだね』





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