title by 愛執

名前も知らない花が咲き誇っていた。柔らかい風が吹いて暖かな陽が差す。澄み切った空はどこまでも青くて、まるで現実味のない、安らかと言う言葉を具現化したような空間。
そんななかに、俺と名前はいた。
俺は制服を着ているけど、名前は真っ白でふわふわした、およそ普段には着られないようなワンピースを着ていたから、これが現実ではないことは明らかにわかる。


「名前」


夢のなかの俺が呼びかけると、名前は黙ったまま俺の顔を見て首を傾げる。その仕草がたまらなく愛しくて、白くて細い名前の腕を掴み寄せて抱き締めた。
風に揺られる彼女の髪からは咲き誇る花に負けずいい香りがしてくらくらする。


「ねえ名前。俺は君と、ずっと同じ景色を見ていたい」


俺の言葉に応えるように、名前の手が胸元に添えられた。それをまた愛しく思いながら、夢のなかの俺は言葉を紡ぐ。


「ずっと一緒にいたい。俺の傍にいてほしい。俺は名前のことが、」


好きなんだ。
俺の台詞は音として空気を震わすことなく、吹きつけた強い花吹雪に掻き消された。まったく間の悪いことだ。
気を取り直して再び彼女に向き合うと、彼女の身体が不意にするりと俺の腕からすり抜けた。あんなに強く掻き抱いていたのに、何とも容易く。


「名前? どうしたの?」


訝って彼女を見つめれば、その顔はひどく悲しそうに歪んでいた。
まるで別れを惜しむようなその表情に胸がざわめいて、俺は再び名前を抱き締めようと手を伸ばしたが、意に反して、腕は、動かなかった。


「なん、だ?」


愕然とする俺をよそに、名前の腕が誰かに掴まれるのが見えた。誰の腕なのかは見えない。腕は彼女を引っ張って、俺の彼女の間にどんどん距離が空く。
ああ、この際誰の腕だろうと構わない、構わないけど、名前に触らないでくれ。勝手に彼女を連れて行かないでくれ。
呼び止めようにも声は出ず、引き止めようにも腕は動かず。

待って、名前、行かないで。

名前は自分の腕を引く誰かに抗うことができないのか、ただただ悲壮な顔をして引かれるまま俺のもとから離れていくばかりだった。
ああ、行ってしまう。俺の名前が、俺の可愛い名前が連れて行かれてしまう。

行くな、やめろ、返せ!




「……っ!」

「ああ、起きたか」

「蓮二…? …ああ、ごめん。寝ちゃってたんだね」

「いや、構わん」


病室のベッドのうえで額に滲んだ汗を拭う。嫌な夢だった。こうして病室のベッドのうえでしか友人に会えないと言うだけでも嫌だと言うのに。


「精市、ひとつ、伝えなければならないことがある」

「ん、何かな」

「……名前が、転校した」

「は…?」


ああ、あの夢は、この、現実を。



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