title by 愛執いつものように放課後のクラブ活動をしている最中、ふと、宍戸が声を上げた。
「どうしたんですか、宍戸さん?」
ネットの向こうから練習相手を務めていた鳳がたずねる。すると宍戸はコートの外の観覧席を指差した。
「ああ、苗字さんですか」
「あいつ、今日も来てんだな」
ふたりの視線の先にいたのは、先日転校してきた3年生の苗字名前だった。彼女はテニス部の部長である跡部の知り合いと言うことで、転校して日は浅いが、生徒たちに多少よく名前や顔を覚えられていた。
コートからは距離があるので表情までは読めないが、彼女がコートを見ているのは明らかだった。
「転校してきてからずっとですよね、ああしてるの」
「そう言えば、ずっと見てるな」
「跡部さんのお知り合いらしいし、テニス、好きなんですかね」
それから二言三言かわして、宍戸も鳳もそれぞれの練習を再開した。
彼らの会話を聞いて、彼らと同じように名前の姿を見ていた跡部も、再び自らの練習を始めようとラケットを握り直した。
そのとき、近くにいた忍足が驚いたように声を上げる。
「おい、あの子…!」
声に反応すれば、先ほどまで立ってこちらを見つめていた名前が、膝から崩れるよう倒れ込むのが見えた。考えるよりも先に、身体が動き出す。ラケットを半ば投げるように手放して、跡部は走った。
◆
名前が目を開けると、見慣れない天井が映った。病院のような、消毒液の独特な匂いがする。保健室だろうか。
「気が付いたか」
『あ…』
真上に向けていた視線を声のほうに向けると、整い尽くした顔をしかめる跡部と目が合った。名前は少しくらくらする頭に手を添えながら、横たえていた身を起こした。
『あの…ごめんなさい、何がどうなって…』
「貧血の類らしい。おまえは観覧席でぶっ倒れた」
『そう…も、もしかして運んでくれたの…?』
「目の前で倒れられたら放っておくわけにいかねえだろ」
どんどん険しくなっていく跡部の顔と声。申し訳なさに名前の顔は俯いていく。
「ったくてめえは…」
『あ、の…』
「泣くくらいなら、見にきてんじゃねえよバカヤローが」
名前の肩がびくりと震えた。それを見て、跡部は眉間にできていたしわを更に深める。倒れた彼女をかかえたとき、その頬が濡れているのを、跡部はしっかり見てしまっていた。目元が少し腫れ気味なことも踏まえると、今日に限ったことでないことは火を見るより明らか。
「勝手に見にきて、勝手に泣いて、挙句に倒れられてちゃこっちも気分が悪い」
跡部の言葉にますます肩を震わす名前。
彼女は小さな声でごめんなさいと呟くと、弱々しく続けた。
関わらないと決めていても、ボールの音が聞こえると傍に行かずにはいられなくなるのだと。
『どうしても、忘れられない…』
「……」
『だけど、もう、行かないよ…もう、こんな迷惑かけません…ほんと、ごめんなさい…』
俯いたままの名前を、跡部の腕が抱き寄せた。目尻に溜まった涙が、じわりと彼のジャージに吸い込まれる。
「……」
『あの…跡部くん…?』
「……すまねえ」
『え…?』
どうして謝るのか。不思議に思った名前が顔を上げようとするも、跡部はそれを許さなかった。頭に手を添えられたまま、名前は考えた。もしかすると、きつい言い方をしたことを謝っているのだろうか、と。
『あの…私が悪いだけだから…謝ることなんて、ないんだよ…』
「…違う。そうじゃねえ。…いや…いい。忘れろ」
『あ…』
跡部は名前に回していた手を離し、練習が終わったら迎えに来ると言い残して保健室を出て行った。
彼が彼女に言った、すまないの意味は、彼自身にしかわからない。
自由に飛ぶための羽根を手折り、逃げられぬよう檻に捕らえたその罪は、重い。
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