title by 愛執

いつものように放課後のクラブ活動をしている最中、ふと、宍戸が声を上げた。


「どうしたんですか、宍戸さん?」


ネットの向こうから練習相手を務めていた鳳がたずねる。すると宍戸はコートの外の観覧席を指差した。


「ああ、苗字さんですか」

「あいつ、今日も来てんだな」


ふたりの視線の先にいたのは、先日転校してきた3年生の苗字名前だった。彼女はテニス部の部長である跡部の知り合いと言うことで、転校して日は浅いが、生徒たちに多少よく名前や顔を覚えられていた。
コートからは距離があるので表情までは読めないが、彼女がコートを見ているのは明らかだった。


「転校してきてからずっとですよね、ああしてるの」

「そう言えば、ずっと見てるな」

「跡部さんのお知り合いらしいし、テニス、好きなんですかね」


それから二言三言かわして、宍戸も鳳もそれぞれの練習を再開した。
彼らの会話を聞いて、彼らと同じように名前の姿を見ていた跡部も、再び自らの練習を始めようとラケットを握り直した。
そのとき、近くにいた忍足が驚いたように声を上げる。


「おい、あの子…!」


声に反応すれば、先ほどまで立ってこちらを見つめていた名前が、膝から崩れるよう倒れ込むのが見えた。考えるよりも先に、身体が動き出す。ラケットを半ば投げるように手放して、跡部は走った。



名前が目を開けると、見慣れない天井が映った。病院のような、消毒液の独特な匂いがする。保健室だろうか。


「気が付いたか」

『あ…』


真上に向けていた視線を声のほうに向けると、整い尽くした顔をしかめる跡部と目が合った。名前は少しくらくらする頭に手を添えながら、横たえていた身を起こした。


『あの…ごめんなさい、何がどうなって…』

「貧血の類らしい。おまえは観覧席でぶっ倒れた」

『そう…も、もしかして運んでくれたの…?』

「目の前で倒れられたら放っておくわけにいかねえだろ」


どんどん険しくなっていく跡部の顔と声。申し訳なさに名前の顔は俯いていく。


「ったくてめえは…」

『あ、の…』

「泣くくらいなら、見にきてんじゃねえよバカヤローが」


名前の肩がびくりと震えた。それを見て、跡部は眉間にできていたしわを更に深める。倒れた彼女をかかえたとき、その頬が濡れているのを、跡部はしっかり見てしまっていた。目元が少し腫れ気味なことも踏まえると、今日に限ったことでないことは火を見るより明らか。


「勝手に見にきて、勝手に泣いて、挙句に倒れられてちゃこっちも気分が悪い」


跡部の言葉にますます肩を震わす名前。
彼女は小さな声でごめんなさいと呟くと、弱々しく続けた。
関わらないと決めていても、ボールの音が聞こえると傍に行かずにはいられなくなるのだと。


『どうしても、忘れられない…』

「……」

『だけど、もう、行かないよ…もう、こんな迷惑かけません…ほんと、ごめんなさい…』


俯いたままの名前を、跡部の腕が抱き寄せた。目尻に溜まった涙が、じわりと彼のジャージに吸い込まれる。


「……」

『あの…跡部くん…?』

「……すまねえ」

『え…?』


どうして謝るのか。不思議に思った名前が顔を上げようとするも、跡部はそれを許さなかった。頭に手を添えられたまま、名前は考えた。もしかすると、きつい言い方をしたことを謝っているのだろうか、と。


『あの…私が悪いだけだから…謝ることなんて、ないんだよ…』

「…違う。そうじゃねえ。…いや…いい。忘れろ」

『あ…』


跡部は名前に回していた手を離し、練習が終わったら迎えに来ると言い残して保健室を出て行った。
彼が彼女に言った、すまないの意味は、彼自身にしかわからない。
自由に飛ぶための羽根を手折り、逃げられぬよう檻に捕らえたその罪は、重い。



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